ガタン、と大きく揺れる粗末な荷馬車の中で、エリアーナは冷たい床に身を横たえていた。夜会のための華やかなドレスは泥に汚れ、見るも無残に引き裂かれている。

 (これで、終わり……)

 ぼんやりと天井の染みを眺めながら、これまでの人生を思い返していた。

 私たち双子は、生まれた時から対照的だった。太陽のように明るく、誰からも愛されるリリアーナ。そして、書庫の隅で古文書に没頭する、月のように影の薄い私。
 両親の愛も、常に姉へと注がれていた。

 「リリアーナはなんて愛らしいのでしょう。エリアーナも、もう少し姉上を見習いなさい」

 父と母は、そう言って私の錬金術の研究を「気味の悪い遊び」と呼び、決して認めようとはしなかった。

 それでも、私には錬金術があった。マナの構造式を解き明かし、新たな物質を創造する過程は、世界の真理に触れるような喜びに満ちていた。私の行動原理は常に「理想」にあった。完璧な調合で、人々を苦しみから救う薬を作りたい。それが私のすべてだった。

 そんな私の唯一の理解者が、近衛騎士のレオンだった。

 身分を隠して街に出た夜、チンピラに絡まれた私を助けてくれたのが彼だった。

 「君の作る薬は、まるで生きているようだ。君の魂が込められているのが分かる」

 研究の話を熱心に聞いてくれる彼に、私は生まれて初めて「認められる」喜びを知った。彼との密会は、私の色のない世界で、唯一の彩りだった。

 だが、それすらも幻想だったのだ。

 思い出す。数ヶ月前、リリアーナが甘えるように私に言った言葉を。

 「ねえ、エリアーナ。今度、王太子殿下が主催する夜会があるの。私、そこで皆をあっと驚かせるような発表がしたいのよ。何かすごい薬、完成しそう?」

 彼女の承認欲求を満たすために、私はこれまで何度も研究成果を「姉の手柄」として譲ってきた。彼女が喜ぶ顔が見たかった。そうすれば、ほんの少しでも家族に認めてもらえるかもしれない、と愚かにも信じていたからだ。

 レオンの裏切りにも、心当たりがあった。

 「リリアーナ様は、本当に素晴らしい方だ。彼女が王妃になれば、この国はもっと輝くだろう」

 彼は、リリアーナの華やかさに憧れていた。彼女の隣に立つことで得られるであろう名誉と注目に、目がくらんでしまったのだ。

 結局、私の人生は、姉の輝きを増すための薪でしかなかった。私の才能も、私の恋も、すべてが。

 (でも……もう、薪になるのは終わり)

 エリアーナは、そっと自身のお腹に手を当てた。そこには、確かな温もりと、か細い生命の鼓動があった。

 (この子だけは、誰にも奪わせない。この子のための薪なら、私は喜んで燃え尽きよう)

 絶望の闇の中に、一つの小さな、しかし燃えるような決意の炎が灯った。