黒の森の最深部、脈打つ闇が支配する洞窟は、エリアーナが持ち込んだ錬金術の灯りによって、荘厳な儀式の場と化していた。
中央に設置された白金の円盤が、刻まれたルーン文字を青白く輝かせる。エリアーナはその前に立ち、水晶の器に満たされたカイエンの血を、一滴、また一滴と円盤に注ぎ始めた。
「始めます」
エリアーナの静かな宣言と共に、カイエンは呪いの心臓の対面に座し、目を閉じる。彼の役目は、自らのマナをエリアーナの錬金術と同調させ、暴走する呪いを内側から制御すること。それは、己の精神を荒れ狂う奔流に投げ込むに等しい、危険極まりない行為だった。
ジュッ、と音を立ててカイエンの血が円盤に染み込む。その瞬間、これまで不規則に脈打っていた呪いの心臓が、大きく、激しく鼓動した。
ドクンッ!!
凄まじい衝撃波と共に、濃密な瘴気が洞窟内に噴き出す。それはもはや霧ではなく、怨念の塊となって、意思を持った獣のようにエリアーナに襲いかかった。
「ガウ!」
カイエンの背後を守っていたルーンが咆哮し、聖なる銀色の波動で瘴気の獣を薙ぎ払う。
「カイエン様!」
エリアーナは叫ぶ。儀式の影響で、カイエンの体はマナの過剰共鳴によって激しく痙攣し、その顔には玉の汗が浮かんでいた。
彼の意識は、激痛の中で過去へと飛んでいた。毒に倒れた父の、最後の言葉が蘇る。
『忘れるな。その論理は、何のためにあるのかを……愛する者を守るためだ』
これまで彼は、その言葉を感情という名の「弱さ」だと切り捨ててきた。だが、違った。父は、論理の先にある「目的」を見失うなと言っていたのだ。民を守る、領地を守るという目的を達成するためならば、己の命というリソースを投入することも、また「論理的」な判断ではないのか。そして、目の前で戦う錬金術師と、その腹に宿る新たな命を守ることは、今、この北方の地の未来を守ることに、直結している。
(父上……あなたの論理、今こそ俺が証明する)
カイエンは歯を食いしばり、暴走するマナをその強靭な精神力でねじ伏せていく。
一方、洞窟の外では、ギデオンが剣を振るっていた。儀式の影響で活性化した瘴気は、森の木々や土を取り込み、次々と異形の怪物を生み出していた。
「行かせはせん……!」
彼の脳裏には、病で苦しむ妹の姿が焼き付いている。あの時、何もできず、ただ手を握ることしかできなかった無力感。もう二度と、目の前で守るべき存在を失うものか。その誓いが、彼の剣に鋼の力を与えていた。
『力とは、弱き者を守るためにある』
主君の、そしてエリアーナ様の未来を守る。それが、今の彼の全てだった。
洞窟内部。エリアーナもまた、限界を超えた戦いを強いられていた。
「くっ……!」
呪いの心臓のマナ構造は、彼女の解析を上回る速度で自己修復と変質を繰り返す。まるで、生きた知性と戦っているようだ。
だが、彼女の心は折れなかった。かつて、彼女の才能は搾取されるだけの「道具」だった。しかし、カイエンは彼女を「相棒」と呼び、その命を預けた。生まれて初めて、誰かの未来を、その命運を託されたのだ。
(もう、道具じゃない。私は、理想を叶える錬金術師!)
彼女は最後の切り札を切る。それは、自身のマナを触媒として、カイエンの血と錬金術を強制的に融合させる禁じ手だった。母体への負担は計り知れない。だが、彼女は迷わなかった。
「届けなさい……私たちの、願いを!」
エリアーナの叫びに応えるかのように、白金の円盤が黄金色の光を放つ。それは、呪いの心臓の禍々しい光を凌駕する、生命そのものの輝きだった。
光の奔流が、脈打つ闇へと突き刺さる。
ギチギチギチッ……!
呪いの心臓に、巨大な亀裂が走った。
だが、断末魔の叫びと共に、心臓は最後の抵抗を見せる。洞窟全体が激しく揺れ、天井から巨大な岩盤が剥がれ落ち、エリアーナの頭上へと迫っていた。
中央に設置された白金の円盤が、刻まれたルーン文字を青白く輝かせる。エリアーナはその前に立ち、水晶の器に満たされたカイエンの血を、一滴、また一滴と円盤に注ぎ始めた。
「始めます」
エリアーナの静かな宣言と共に、カイエンは呪いの心臓の対面に座し、目を閉じる。彼の役目は、自らのマナをエリアーナの錬金術と同調させ、暴走する呪いを内側から制御すること。それは、己の精神を荒れ狂う奔流に投げ込むに等しい、危険極まりない行為だった。
ジュッ、と音を立ててカイエンの血が円盤に染み込む。その瞬間、これまで不規則に脈打っていた呪いの心臓が、大きく、激しく鼓動した。
ドクンッ!!
凄まじい衝撃波と共に、濃密な瘴気が洞窟内に噴き出す。それはもはや霧ではなく、怨念の塊となって、意思を持った獣のようにエリアーナに襲いかかった。
「ガウ!」
カイエンの背後を守っていたルーンが咆哮し、聖なる銀色の波動で瘴気の獣を薙ぎ払う。
「カイエン様!」
エリアーナは叫ぶ。儀式の影響で、カイエンの体はマナの過剰共鳴によって激しく痙攣し、その顔には玉の汗が浮かんでいた。
彼の意識は、激痛の中で過去へと飛んでいた。毒に倒れた父の、最後の言葉が蘇る。
『忘れるな。その論理は、何のためにあるのかを……愛する者を守るためだ』
これまで彼は、その言葉を感情という名の「弱さ」だと切り捨ててきた。だが、違った。父は、論理の先にある「目的」を見失うなと言っていたのだ。民を守る、領地を守るという目的を達成するためならば、己の命というリソースを投入することも、また「論理的」な判断ではないのか。そして、目の前で戦う錬金術師と、その腹に宿る新たな命を守ることは、今、この北方の地の未来を守ることに、直結している。
(父上……あなたの論理、今こそ俺が証明する)
カイエンは歯を食いしばり、暴走するマナをその強靭な精神力でねじ伏せていく。
一方、洞窟の外では、ギデオンが剣を振るっていた。儀式の影響で活性化した瘴気は、森の木々や土を取り込み、次々と異形の怪物を生み出していた。
「行かせはせん……!」
彼の脳裏には、病で苦しむ妹の姿が焼き付いている。あの時、何もできず、ただ手を握ることしかできなかった無力感。もう二度と、目の前で守るべき存在を失うものか。その誓いが、彼の剣に鋼の力を与えていた。
『力とは、弱き者を守るためにある』
主君の、そしてエリアーナ様の未来を守る。それが、今の彼の全てだった。
洞窟内部。エリアーナもまた、限界を超えた戦いを強いられていた。
「くっ……!」
呪いの心臓のマナ構造は、彼女の解析を上回る速度で自己修復と変質を繰り返す。まるで、生きた知性と戦っているようだ。
だが、彼女の心は折れなかった。かつて、彼女の才能は搾取されるだけの「道具」だった。しかし、カイエンは彼女を「相棒」と呼び、その命を預けた。生まれて初めて、誰かの未来を、その命運を託されたのだ。
(もう、道具じゃない。私は、理想を叶える錬金術師!)
彼女は最後の切り札を切る。それは、自身のマナを触媒として、カイエンの血と錬金術を強制的に融合させる禁じ手だった。母体への負担は計り知れない。だが、彼女は迷わなかった。
「届けなさい……私たちの、願いを!」
エリアーナの叫びに応えるかのように、白金の円盤が黄金色の光を放つ。それは、呪いの心臓の禍々しい光を凌駕する、生命そのものの輝きだった。
光の奔流が、脈打つ闇へと突き刺さる。
ギチギチギチッ……!
呪いの心臓に、巨大な亀裂が走った。
だが、断末魔の叫びと共に、心臓は最後の抵抗を見せる。洞窟全体が激しく揺れ、天井から巨大な岩盤が剥がれ落ち、エリアーナの頭上へと迫っていた。
