空中に投影された、呪いの触媒となった血の系譜図。その終着点で禍々しい光を放っていたのは、北方を統べるヴォルフシュタイン公爵家の紋章――銀の狼だった。
「……まさか」
エリアーナが息を呑む。
ギデオンは、主君の血が呪いに利用されているという事実に、怒りと衝撃で言葉を失った。
「『星の血脈』……」
カイエンが、凍てついた声で呟いた。
それは、ヴォルフシュタイン公爵家に、数百年に一度だけ現れるとされる伝説の血筋。常人とは比較にならないほど高純度のマナを宿し、あらゆる魔術、錬金術の効果を増幅させる特異体質。
それは祝福であると同時に、あらゆる者たちから狙われる、呪われた宿命の刻印でもあった。
彼が感情を捨て、論理の鎧をまとったのは、両親の死がきっかけだった。彼はあの事件を、「信頼していた側近の裏切り」という個人的な悲劇として結論づけ、処理した。それが、彼の心を保つための唯一の方法だったからだ。
だが、今、目の前の事実は、別の可能性を突きつけている。
両親の死は、単なる裏切りではない。自分の「星の血脈」を狙う、巨大な組織による陰謀の一部だったのではないか。自分を守るために、両親は殺されたのではないか。
信じていた「論理」の前提が、根底から覆される。彼が長年かけて築き上げてきた心の檻が、ギシギシと音を立てて軋み始めた。
「公爵様……」
ギデオンが、カイエンの苦悶を察して声をかける。
エリアーナは、カイエンの横顔を見つめていた。 (この人も、ずっと一人で戦ってきたんだ。氷の仮面の下で、どれほどの孤独を抱えてきたのだろう。守ってあげたい、なんて烏滸がましい。でも、せめて、その隣で、その重荷を共に背負う存在でありたい)。
彼は、ただ冷酷な支配者なのではない。彼女と同じように、あるいはそれ以上に、過酷な運命とたった一人で戦い続けてきた、孤独な人間なのだ。
初めて、彼に対して「守ってあげたい」という、庇護欲にも似た感情が芽生えるのを、エリアーナは自覚した。
その頃、遥か南の王都。
ローゼンベルク侯爵家の豪奢な一室で、リリアーナは苛立たしげに扇子を弄んでいた。
「信じられない! あの役立たずのエリアーナが、黒の森で生きているですって? それも、あの氷血公爵の庇護のもとで!」
彼女の前に立つレオンは、苦々しい表情で頷く。
「は。北の密偵からの情報によれば、間違いありません。公爵は、彼女に特別な価値を見出している様子……」
リリアーナの行動原理は「誰よりも注目され、賞賛されること」。エリアーナの才能は、そのための最高の道具だった。しかし、その道具が、今や自分を遥かに超える権力者の庇護を受け、再び脚光を浴びようとしている。それは、彼女のプライドが最も許さないことだった。
レオンの行動原理は「力ある者の隣に立ち、名誉を得ること」。彼はエリアーナを捨て、次期王妃であるリリアーナを選んだ。しかし、そのリリアーナが頼みの綱とする「アルカナ・エリクシル」の模倣は、エリアーナ本人でなければ不可能だと判明し、彼の立場は危うくなっていた。
二人の利害は一致した。エリアーナの存在そのものが、自分たちの地位を脅かす脅威なのだ。
「手を打つわよ、レオン。あの娘と氷血公爵が、これ以上増長する前にね……」
リリアーナの美しい顔に、蛇のような冷たい笑みが浮かんだ。
再び、黒の森の遺跡。
重い沈黙を破ったのは、エリアーナだった。彼女は覚悟を決めた瞳で、カイエンに向き直った。
「この呪いを解く方法が、一つだけあります。ですが、そのためには……あなたの『星の血脈』そのものが必要です」
カイエンのアイスブルーの瞳が、わずかに揺れる。
「……どういうことだ」
「あなたの血液を少量提供していただき、そのマナ構造を解析します。そして、この呪いの心臓とあなたの血を共鳴させ、暴走させることで、自壊させるのです。理論上は、可能ですが……」
それは、カイエンの命を危険に晒しかねない、禁断の一手だった。
錬金術師としての純粋な探求心と、彼を救いたいという個人的な感情。そして、我が子の未来を守るという母としての決意。そのすべてが、エリアーナにその言葉を言わせた。
それは、単なる契約者としての一言ではない。
彼の背負う宿命に、自らも足を踏み入れるという、運命共同体としての宣言だった。
「……まさか」
エリアーナが息を呑む。
ギデオンは、主君の血が呪いに利用されているという事実に、怒りと衝撃で言葉を失った。
「『星の血脈』……」
カイエンが、凍てついた声で呟いた。
それは、ヴォルフシュタイン公爵家に、数百年に一度だけ現れるとされる伝説の血筋。常人とは比較にならないほど高純度のマナを宿し、あらゆる魔術、錬金術の効果を増幅させる特異体質。
それは祝福であると同時に、あらゆる者たちから狙われる、呪われた宿命の刻印でもあった。
彼が感情を捨て、論理の鎧をまとったのは、両親の死がきっかけだった。彼はあの事件を、「信頼していた側近の裏切り」という個人的な悲劇として結論づけ、処理した。それが、彼の心を保つための唯一の方法だったからだ。
だが、今、目の前の事実は、別の可能性を突きつけている。
両親の死は、単なる裏切りではない。自分の「星の血脈」を狙う、巨大な組織による陰謀の一部だったのではないか。自分を守るために、両親は殺されたのではないか。
信じていた「論理」の前提が、根底から覆される。彼が長年かけて築き上げてきた心の檻が、ギシギシと音を立てて軋み始めた。
「公爵様……」
ギデオンが、カイエンの苦悶を察して声をかける。
エリアーナは、カイエンの横顔を見つめていた。 (この人も、ずっと一人で戦ってきたんだ。氷の仮面の下で、どれほどの孤独を抱えてきたのだろう。守ってあげたい、なんて烏滸がましい。でも、せめて、その隣で、その重荷を共に背負う存在でありたい)。
彼は、ただ冷酷な支配者なのではない。彼女と同じように、あるいはそれ以上に、過酷な運命とたった一人で戦い続けてきた、孤独な人間なのだ。
初めて、彼に対して「守ってあげたい」という、庇護欲にも似た感情が芽生えるのを、エリアーナは自覚した。
その頃、遥か南の王都。
ローゼンベルク侯爵家の豪奢な一室で、リリアーナは苛立たしげに扇子を弄んでいた。
「信じられない! あの役立たずのエリアーナが、黒の森で生きているですって? それも、あの氷血公爵の庇護のもとで!」
彼女の前に立つレオンは、苦々しい表情で頷く。
「は。北の密偵からの情報によれば、間違いありません。公爵は、彼女に特別な価値を見出している様子……」
リリアーナの行動原理は「誰よりも注目され、賞賛されること」。エリアーナの才能は、そのための最高の道具だった。しかし、その道具が、今や自分を遥かに超える権力者の庇護を受け、再び脚光を浴びようとしている。それは、彼女のプライドが最も許さないことだった。
レオンの行動原理は「力ある者の隣に立ち、名誉を得ること」。彼はエリアーナを捨て、次期王妃であるリリアーナを選んだ。しかし、そのリリアーナが頼みの綱とする「アルカナ・エリクシル」の模倣は、エリアーナ本人でなければ不可能だと判明し、彼の立場は危うくなっていた。
二人の利害は一致した。エリアーナの存在そのものが、自分たちの地位を脅かす脅威なのだ。
「手を打つわよ、レオン。あの娘と氷血公爵が、これ以上増長する前にね……」
リリアーナの美しい顔に、蛇のような冷たい笑みが浮かんだ。
再び、黒の森の遺跡。
重い沈黙を破ったのは、エリアーナだった。彼女は覚悟を決めた瞳で、カイエンに向き直った。
「この呪いを解く方法が、一つだけあります。ですが、そのためには……あなたの『星の血脈』そのものが必要です」
カイエンのアイスブルーの瞳が、わずかに揺れる。
「……どういうことだ」
「あなたの血液を少量提供していただき、そのマナ構造を解析します。そして、この呪いの心臓とあなたの血を共鳴させ、暴走させることで、自壊させるのです。理論上は、可能ですが……」
それは、カイエンの命を危険に晒しかねない、禁断の一手だった。
錬金術師としての純粋な探求心と、彼を救いたいという個人的な感情。そして、我が子の未来を守るという母としての決意。そのすべてが、エリアーナにその言葉を言わせた。
それは、単なる契約者としての一言ではない。
彼の背負う宿命に、自らも足を踏み入れるという、運命共同体としての宣言だった。
