洞窟の最深部、脈打つ闇を前にした三人の反応は、三者三様だった。

 騎士団長ギデオンは、その顔に露骨な怒りを浮かべ、柄に手をかけた。彼の最愛の妹を奪った魔力病も、元を辿ればこのような悪意から生まれているのかもしれない。守るべき民を脅かす元凶を前に、彼の全身から正義の闘気が立ち上る。

 カイエンは、ただ静かに、その不合理な存在を観察していた。だがそのアイスブルーの瞳の奥では、自らの領地を蝕む悪意に対する、絶対零度の怒りが燃え盛っていた。感情ではない。ただ、自らの支配領域に存在するバグを、完璧に駆除するという、冷徹な決意だった。

 そして、エリアーナ。彼女は最初こそそのおぞましさに身を震わせたが、やがてその瞳は、錬金術師としての強い光を宿し始めた。

 (なんて禍々しく、そして……なんて完璧な構造式なの……)

 恐ろしい。だが同時に、知的好奇心が、恐怖を凌駕していく。この未知の脅威の正体を解き明かしたい。そして、それを無力化する術を、この手で見つけ出したい。

 それは、彼女が心の奥底に封印していた、純粋な願いだった。

 かつて彼女のすべてだったのは、「完璧な調合で、人々を苦しみから救う」という理想だった。姉や恋人に裏切られ、その理想は汚され、利用されるだけのものだと思い知った。だから彼女は心を閉ざし、「我が子を守る」という、最小単位の聖域に閉じこもることを選んだ。

 だが今、目の前には、我が子だけでなく、この北方の地すべてを脅かす明確な「苦しみ」の根源がある。そして、隣には彼女の知識を搾取せず、対等なパートナーとして認める男がいる。最高の設備もある。

 「我が子を守る」という個人的な願いが、「この地のすべてを守る」という、かつての大きな理想へと、再び結びつこうとしていた。

 遺跡の工房に戻るなり、エリアーナは人が変わったように解析作業に没頭した。

 カイエンから提供された最新鋭の設備は、彼女の才能を遺憾なく引き出す。自動分析装置が「脈打つ闇」から採取した瘴気のサンプルのマナ構造を解析し、その結果を古代ルーン文字で空中に投影する。エリアーナは、まるでオーケストラの指揮者のように、複数のフラスコや錬金釜を同時に稼働させ、その複雑怪奇な構造式の解読を進めていった。

 カイエンは、その光景をただ黙って見ていた。

 これまで彼が「論理」で解析しようとしてきた、エリアーナという存在の答えが、そこにあった。

 彼女は、噂されるような愚かで欲深い女ではない。ただ、純粋すぎるほどに、世界の真理の探求を愛する一人の研究者なのだ。そしてその才能は、彼がこれまで見てきたどんな宮廷錬金術師をも凌駕する、本物の輝きを放っていた。

 彼は初めて、エリアーナを「解析すべき謎」としてではなく、この難解なパズルを共に解き明かすべき、唯一無二の「相棒」として認識した。

 数時間が経ち、夜が更けた頃。

 エリアーナが、はっと顔を上げた。その瞳は興奮と、わずかな戦慄に揺れていた。

 「……分かったわ。この呪いの心臓は、ただのマナの塊じゃない。古代の禁術……『魂魄錬成』が使われている。そして、触媒になっているのは……きわめて特殊な、人間の『血』よ」

 カイエンの鋭い視線が、空中に投影された解析結果――複雑な紋様を描く、一つの血の家系の系譜図へと注がれた。