「答えろ。なぜ貴様がここにいる? なぜ聖獣が貴様に懐いている? この地の浄化は、貴様の仕業か?」
カイエンは、矢継ぎ早に問いを重ねた。そのアイスブルーの瞳に、エリアーナという人間への興味はない。ただ、目の前で起きている不可解な事象の「原因」を特定しようとする、科学者のような冷酷さだけがあった。
エリアーナは、唇を強く噛みしめた。恐怖で震える体を、必死で叱咤する。
(この人も、同じ……)
彼女の脳裏に、これまでの人生が蘇る。
『エリアーナ、この薬の調合式を教えてくれない? 王太子殿下に献上すれば、我が家の名誉になるわ』
そう言って、姉のリリアーナは私の研究成果を奪っていった。
『君の才能は素晴らしい。だが、それを私のために使ってはくれないか? 君の薬があれば、私は騎士団で更なる地位を得られる』
そう言って、恋人だったレオンは私を利用しようとした。
私の「理想」や「努力」に目を向ける者は誰もいない。皆、私の錬金術が生み出す「結果」だけを欲しがり、私を便利な道具として搾取してきた。
この氷血公爵も、同じだ。彼が興味があるのは、この森の浄化という「結果」であり、私という人間ではない。
彼女の行動原理は、数々の裏切りによって形成された。それは「誰にも、何も与えない」という、悲しいまでの自己防衛本能だった。特に、お腹の子を授かってからは、その想いが何よりも強固な決意に変わっていた。
『この子だけは、誰にも奪わせない。この子のための薪なら、私は喜んで燃え尽きよう』
あの追放の馬車で誓った言葉が、彼女の魂を支える柱だった。この平穏は、自分と我が子のためだけのもの。誰にも踏み込ませはしない。
「……お答えする義務は、ありません」
絞り出した声は、自分でも驚くほど、はっきりと響いた。
エリアーナは、カイエンの目をまっすぐに見据えた。お腹に手を当て、我が子を守る盾となるように。
「ここは、私が生きると決めた場所です。あなたに、それを邪魔する権利はありません」
その瞬間、カイエンの眉が、わずかにピクリと動いた。
彼が公爵となって以来、彼の言葉に逆らった者など、一人もいなかった。ましてや、こんな追放された罪人の女に、真正面から反抗されるなど、彼の論理の範疇を完全に超えていた。
苛立ち。そして、彼の凍てついた心の奥底で、何かがチリリと音を立てた。それは、生まれて初めて感じる「予測不能なもの」への強い興味だった。
「……権利、だと?」
カイエンは、フン、と鼻で笑った。
「この北方領土のすべてが、私の支配下にある。つまり、貴様という存在も、貴様が起こしたその奇跡も、すべては私の所有物だ。私がそれを解析し、利用する権利を持つ」
彼は、エリアーナに一歩、また一歩と近づいてくる。ルーンが、喉の奥でグルルル……とマグマのような唸り声を上げ、二人の間に立ちはだかった。
「面白い。聖獣までが、貴様を守るというのか。ますます、解き明かさねばならんな」
カイエンは、エリアーナの数メートル手前で足を止めると、宣言した。
「貴様が口を割るまで、私はここを動かん。貴様という『謎』のすべてを、この目で観察し、解析し尽くしてやる」
彼は踵を返すと、来た時と同じように音もなく立ち去り、遺跡から少し離れた場所に、手際良く野営の準備を始めてしまった。
それは、恋愛感情などとはかけ離れた、研究者のフィールドワークにも似た執着だった。
エリアーナは、その場にへたり込んだ。
追い出されたわけではない。暴力を振るわれたわけでもない。
だが、あの男がいる。あの冷徹な瞳が、常に自分たちを監視している。その事実が、何よりも重く彼女の心にのしかかった。
もう、あの穏やかな日々は戻ってこない。
エリアーナは、自らの手で築き上げた小さな楽園が、静かに、しかし確実に侵食されていく恐怖に、ただ震えるしかなかった。
カイエンは、矢継ぎ早に問いを重ねた。そのアイスブルーの瞳に、エリアーナという人間への興味はない。ただ、目の前で起きている不可解な事象の「原因」を特定しようとする、科学者のような冷酷さだけがあった。
エリアーナは、唇を強く噛みしめた。恐怖で震える体を、必死で叱咤する。
(この人も、同じ……)
彼女の脳裏に、これまでの人生が蘇る。
『エリアーナ、この薬の調合式を教えてくれない? 王太子殿下に献上すれば、我が家の名誉になるわ』
そう言って、姉のリリアーナは私の研究成果を奪っていった。
『君の才能は素晴らしい。だが、それを私のために使ってはくれないか? 君の薬があれば、私は騎士団で更なる地位を得られる』
そう言って、恋人だったレオンは私を利用しようとした。
私の「理想」や「努力」に目を向ける者は誰もいない。皆、私の錬金術が生み出す「結果」だけを欲しがり、私を便利な道具として搾取してきた。
この氷血公爵も、同じだ。彼が興味があるのは、この森の浄化という「結果」であり、私という人間ではない。
彼女の行動原理は、数々の裏切りによって形成された。それは「誰にも、何も与えない」という、悲しいまでの自己防衛本能だった。特に、お腹の子を授かってからは、その想いが何よりも強固な決意に変わっていた。
『この子だけは、誰にも奪わせない。この子のための薪なら、私は喜んで燃え尽きよう』
あの追放の馬車で誓った言葉が、彼女の魂を支える柱だった。この平穏は、自分と我が子のためだけのもの。誰にも踏み込ませはしない。
「……お答えする義務は、ありません」
絞り出した声は、自分でも驚くほど、はっきりと響いた。
エリアーナは、カイエンの目をまっすぐに見据えた。お腹に手を当て、我が子を守る盾となるように。
「ここは、私が生きると決めた場所です。あなたに、それを邪魔する権利はありません」
その瞬間、カイエンの眉が、わずかにピクリと動いた。
彼が公爵となって以来、彼の言葉に逆らった者など、一人もいなかった。ましてや、こんな追放された罪人の女に、真正面から反抗されるなど、彼の論理の範疇を完全に超えていた。
苛立ち。そして、彼の凍てついた心の奥底で、何かがチリリと音を立てた。それは、生まれて初めて感じる「予測不能なもの」への強い興味だった。
「……権利、だと?」
カイエンは、フン、と鼻で笑った。
「この北方領土のすべてが、私の支配下にある。つまり、貴様という存在も、貴様が起こしたその奇跡も、すべては私の所有物だ。私がそれを解析し、利用する権利を持つ」
彼は、エリアーナに一歩、また一歩と近づいてくる。ルーンが、喉の奥でグルルル……とマグマのような唸り声を上げ、二人の間に立ちはだかった。
「面白い。聖獣までが、貴様を守るというのか。ますます、解き明かさねばならんな」
カイエンは、エリアーナの数メートル手前で足を止めると、宣言した。
「貴様が口を割るまで、私はここを動かん。貴様という『謎』のすべてを、この目で観察し、解析し尽くしてやる」
彼は踵を返すと、来た時と同じように音もなく立ち去り、遺跡から少し離れた場所に、手際良く野営の準備を始めてしまった。
それは、恋愛感情などとはかけ離れた、研究者のフィールドワークにも似た執着だった。
エリアーナは、その場にへたり込んだ。
追い出されたわけではない。暴力を振るわれたわけでもない。
だが、あの男がいる。あの冷徹な瞳が、常に自分たちを監視している。その事実が、何よりも重く彼女の心にのしかかった。
もう、あの穏やかな日々は戻ってこない。
エリアーナは、自らの手で築き上げた小さな楽園が、静かに、しかし確実に侵食されていく恐怖に、ただ震えるしかなかった。
