金銀の刺繍が施された豪奢なタペストリー、天井から降り注ぐシャンデリアの光、楽団が奏でる優雅なワルツ――王城のボールルームは、この世の絢爛をすべて集めたかのような輝きに満ちていた。
だが、その喧騒の中心に立つ私、エリアーナ・フォン・ローゼンベルクの耳には、何も届いていなかった。
壇上で、喝采を一身に浴びているのは、私と瓜二つの顔を持つ双子の姉、リリアーナ。彼女が高らかに掲げた小瓶の中で、虹色に揺らめく液体。それは、私が三年間、寝食を忘れて研究し、今朝ようやく完成させた万能薬『アルカナ・エリクシル』だった。
「この薬は、あらゆる病を癒し、衰弱した土地さえも蘇らせる奇跡の雫! 私、リリアーナが、女神様の導きにより完成させたのです!」
(違う……それは、私が……)
声にならない叫びが、喉の奥で凍りつく。注目されることが生き甲斐の姉、リリアーナは、満場の賞賛にうっとりと目を細めている。彼女の隣には、王太子殿下が満足げに頷いていた。
周囲の貴族たちが姉を褒めそやす声が、波のように押し寄せる。「さすがはローゼンベルク家の聖女様だ」「これで長年の疫病問題も解決するな」。誰も、真実に気づかない。気づこうともしない。
私の視線は、壇下の隅、近衛騎士の列に立つ一人の男性に吸い寄せられた。レオン・アークライト。私の、唯一の恋人。彼だけは、真実を知っているはずだ。あの薬が、夜な夜な研究室で私が調合を重ねていたことを。彼だけは、私の味方をしてくれるはず……
淡い期待を込めて彼を見つめた、その瞬間だった。
リリアーナが、勝ち誇ったように声を張り上げた。
「ですが皆様、許せないことがあります。私の愛する妹、エリアーナが、この偉大な研究を盗み、あまつさえ禁忌とされている『魔物の血』を混ぜ込もうとしたのです!」
会場が、水を打ったように静まり返る。すべての視線が、凶器のように私に突き刺さった。
「そ、そんな……」
追い打ちをかけるように、レオンが一歩前に進み出た。そして、私をまっすぐに見据え、悲痛な表情で――しかし、はっきりとした声で言ったのだ。
「……リリアーナ様のお言葉通りです。私は……エリアーナに騙されていたのです。彼女は私を利用し、王家の秘薬庫から禁忌の素材を持ち出そうとさえしました」
世界から、音が消えた。
家族も、名誉も、研究成果も、すべて姉に奪われてきた。それでも、レオンの愛だけが私の支えだった。その彼が今、私に最後の止めを刺した。
(なぜ……?)
混乱する頭の中で、最近ずっと続いていた微熱とめまいの原因に、唐突に行き当たってしまった。医師の言葉が蘇る。
『おめでとうございます。ご懐妊の兆候が……』
そう、私のお腹には、レオンとの間に授かった新しい命が宿っている。誰にも言えなかった、二人だけの秘密。彼が、それを知らないはずがないのに。
絶望が、足元から這い上がってきて心臓を鷲掴みにする。
王太子の冷たい声が響き渡った。
「エリアーナ・フォン・ローゼンベルク。聖女の名を騙り、国宝を汚そうとした罪は万死に値する。貴様の地位をすべて剥奪し、魔物が跋扈する『黒の森』への永久追放を申し渡す!」
だが、その喧騒の中心に立つ私、エリアーナ・フォン・ローゼンベルクの耳には、何も届いていなかった。
壇上で、喝采を一身に浴びているのは、私と瓜二つの顔を持つ双子の姉、リリアーナ。彼女が高らかに掲げた小瓶の中で、虹色に揺らめく液体。それは、私が三年間、寝食を忘れて研究し、今朝ようやく完成させた万能薬『アルカナ・エリクシル』だった。
「この薬は、あらゆる病を癒し、衰弱した土地さえも蘇らせる奇跡の雫! 私、リリアーナが、女神様の導きにより完成させたのです!」
(違う……それは、私が……)
声にならない叫びが、喉の奥で凍りつく。注目されることが生き甲斐の姉、リリアーナは、満場の賞賛にうっとりと目を細めている。彼女の隣には、王太子殿下が満足げに頷いていた。
周囲の貴族たちが姉を褒めそやす声が、波のように押し寄せる。「さすがはローゼンベルク家の聖女様だ」「これで長年の疫病問題も解決するな」。誰も、真実に気づかない。気づこうともしない。
私の視線は、壇下の隅、近衛騎士の列に立つ一人の男性に吸い寄せられた。レオン・アークライト。私の、唯一の恋人。彼だけは、真実を知っているはずだ。あの薬が、夜な夜な研究室で私が調合を重ねていたことを。彼だけは、私の味方をしてくれるはず……
淡い期待を込めて彼を見つめた、その瞬間だった。
リリアーナが、勝ち誇ったように声を張り上げた。
「ですが皆様、許せないことがあります。私の愛する妹、エリアーナが、この偉大な研究を盗み、あまつさえ禁忌とされている『魔物の血』を混ぜ込もうとしたのです!」
会場が、水を打ったように静まり返る。すべての視線が、凶器のように私に突き刺さった。
「そ、そんな……」
追い打ちをかけるように、レオンが一歩前に進み出た。そして、私をまっすぐに見据え、悲痛な表情で――しかし、はっきりとした声で言ったのだ。
「……リリアーナ様のお言葉通りです。私は……エリアーナに騙されていたのです。彼女は私を利用し、王家の秘薬庫から禁忌の素材を持ち出そうとさえしました」
世界から、音が消えた。
家族も、名誉も、研究成果も、すべて姉に奪われてきた。それでも、レオンの愛だけが私の支えだった。その彼が今、私に最後の止めを刺した。
(なぜ……?)
混乱する頭の中で、最近ずっと続いていた微熱とめまいの原因に、唐突に行き当たってしまった。医師の言葉が蘇る。
『おめでとうございます。ご懐妊の兆候が……』
そう、私のお腹には、レオンとの間に授かった新しい命が宿っている。誰にも言えなかった、二人だけの秘密。彼が、それを知らないはずがないのに。
絶望が、足元から這い上がってきて心臓を鷲掴みにする。
王太子の冷たい声が響き渡った。
「エリアーナ・フォン・ローゼンベルク。聖女の名を騙り、国宝を汚そうとした罪は万死に値する。貴様の地位をすべて剥奪し、魔物が跋扈する『黒の森』への永久追放を申し渡す!」
