「あの、私はどこに座れば?」

 席の近くで立ち尽くしたままの加奈さんが、不安そうに兄に声をかけた。

「あ、ごめんなさい。そうですよね? ほら、もう!」

 兄を叱りつける。
 これでは加奈さんが戸惑うし、失礼じゃない。

「加奈は俺の前でいいじゃん。そっちの方が顔が見れるだろ」

 兄が自分の正面の席を指さす。

「え……」

 加奈さんはあからさまに嫌そうな顔をする。

「そうだよね……顔、見れるもんね」

 無理に納得しようとしている彼女の姿に、胸が痛んだ。

「加奈さん、ごめんなさい。考えなしのわがままな兄で……」

 そう謝ると、加奈さんはふっと笑いながら首を振る。

「ううん、いいの。慣れてるから」

 そう言って、加奈さんは兄の正面の椅子に静かに腰を下ろした。
 その仕草はどこかぎこちなく、言葉にできない切なさを覚えた。

 ああ、可愛い上に優しいなんて最高の彼女じゃない!
 お兄ちゃんにはもったいないよ!

 私は横目で兄を睨む。
 けれど兄はどこ吹く風。お冷をひと口飲んでは、「水うまっ」とか言っている。
 ……空気読んでよ。

 ふと疑問が湧いて、口にする。

「加奈さん、お兄ちゃんのどこがいいの?」

 いや、私も人のこと言えないけどさ。

「え! えーと、格好いいし、優しいし、何でもできて……ぜんぶ」

 顔を赤らめ、俯きながらぼそぼそと答える加奈さんに、胸がキュンキュンした。

「お兄ちゃん、聞いた?」

 興奮気味に問いかけると、兄は興味なさそうに頷くだけ。

「うん、まあ」

 もう、信じられない! 加奈さんが可哀そう。

 まあ、私も加奈さんの意見には激しく賛成なんだけど。

 本当に嫌になるくらい格好よくて、
 すべてにドキドキする。
 時折見せる意地悪な顔も、からかうような仕草も、ぜんぶ。

 それに――
 不器用な優しさが、好き。

 兄に視線を向ける。
 すると兄もじっと私を見つめ返してくる。

「な、何?」

「別に」

 目をそらすでもなく、ただ淡々とつぶやく。

 わけもなく見つめないでよ。変なお兄ちゃん……。