私は兄に向き直り、ぴしっと言った。

「お兄ちゃん! 手!」

 勢いに押された兄は、しぶしぶ手を差し出す。
 私はその手をつかみ、加奈さんの手にそっと重ねた。

 むくれた表情のまま、兄は彼女の手をぎゅっと握る。
 その瞬間、加奈さんの顔がパッと華やいだ。

 ――ズキン。
 あれ? 胸が痛い。

 なんで私、こんな気持ちになってるんだろう。

 自分で繋がせたくせに、それを見て傷つくなんて……。
 私って本当にバカだな。

「唯さん?」

 うつむく私を心配そうに流斗さんがのぞき込む。

「ごめんなさい。なんでもないんです。
 ……そうだ、お昼にしませんか? お腹がすいてきちゃって」

 無理に元気を装った。
 流斗さんは怪訝そうに見つめながらも、うなずいてくれた。

「え、ええ……いいですよ」

「どこにしようかなあ」

 わざと明るい声で言って、歩き出す。
 そのとき――

「唯さん、待って」

 ふいに後ろから肩を抱かれ、引き寄せられた。

「さ、どこにしましょうか」

 戸惑う私の腰に、流斗さんの手が自然に回される。

「……っ」

 思わず体が固まる。
 腰に手を回されるなんて――これこそ初体験で、どうしていいかわからない。

 私の反応を、流斗さんはどこか楽しげに見つめる。

 包み込むようなその手に導かれたまま、私は歩き出した。

「あ! おい、待て!」

 後ろから兄の声が聞こえる。
 でも、今はそれどころじゃない。

 兄のことを考える余裕もないくらい、目の前の流斗さんに、意識も心も奪われていた。