まだどこかに残っていた不安さえ、少しずつ溶けていくように感じた。
そんなひとときも束の間、父の声が空気を変える。
「それじゃあ唯。君が学校にいると辻褄が合わないから、今日はもう家に帰りなさい」
その言葉に、はっとする。
そうだ、私は今日、体調不良で休んでいることになっていたんだ。
「うん、わかった。でも、優のことはどうするの?」
「優は今日が初日だったんだ。疲れが出たことにして早退ってことにしておくよ。
これからのことも考えて、病弱という設定にしておいた方が都合が良さそうだな」
にこやかに話しながら皆を欺く算段をする父に、少々恐ろしさを覚えた。
やはり理事長まで登り詰めた男は、とぼけたふうに見えてもやり手なのかもしれない。
「なら、俺も帰る」
兄の突然の申し出に、私も父も目を見開く。
「だって、唯を一人で帰らせるなんて心配だし、いいだろ?」
兄が父へ視線を向ける。
「うーん……そうだね。咲夜くんは成績優秀だから問題ないよ」
父がにっこりと頷いた。
思わず、え!?と声が出そうになる。
い、いいんだ……さすがお兄ちゃん。
兄はホッとしたように息をついて、私の方へ目を向ける。
「ありがと。……よかったな、唯」
私は小さく笑ってみせたけれど、胸の奥にはどうしようもない不安が広がっていた。
昨日優になったばかりなのに、今日はもう唯に戻っている。
変身の法則もわからず、次はいつどうなるのかすら見えない。
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
不安を少しでも外に逃がすように。
すると、兄がそっと私の頭を撫でてくれた。
「大丈夫。俺がいつも側にいるから」
その笑顔が、眩しい……。
その言葉に、胸がときめく――。
父の優しい眼差しに、胸がじんわりとあたたかくなる。
二人の愛に包まれて、私の心は春のようにぽかぽかとあたたかくなるのだった。
