――あの変身の少し前に、話はさかのぼる。


 朝の静けさを切り裂くように、目覚まし時計が鳴り響く。

 私はそれを手探りで止めた。
 むくっと起き上がり、眠たい目をこすりながら大きなあくびをひとつ。
 いつも通り、ぼーっとした頭のまま制服に着替え、部屋を出る。

 一階に降りて、洗面所へと向かった。
 顔を洗おうと扉を開けた瞬間、私の足がピタリと止まった。

 目の前に現れた光景に、固まる。

「唯、おはよう」

 朝風呂を終えたばかりの兄、咲夜が微笑みかけてくる。

 上半身は裸のまま。
 引き締まった身体に、思わず目を奪われた。

 制服のズボンは履いているけれど、ちょうどボタンを留めている最中だった。

「お、お、おはよう!」

 慌てて背を向けるけれど、ドキドキは止まらない。
 さっき見た兄の姿が、鮮明に頭の中にこびりついている。

「なんだよ。お兄ちゃんの裸に照れてんのか?」

 からかうように、兄が後ろから私の頬をつついてくる。

「ち、違うし! 誰がお兄ちゃんなんか……」

 意地になって振り返ったものの、どこを見ればいいのかわからず、視線が彷徨う。

 そんな私を面白がるように、兄はじりじりと距離を詰めてくる。
 気づけば、壁際に追い込まれていた。

 至近距離から見つめられ、いっきに顔が熱くなる。

「な、何よ」

 必死で睨んでみるが、兄は余裕の笑みを浮かべたまま。
 ふっと、耳元でささやく。

「そんなんじゃ、まだまだ男はできないぞ」

「余計なお世話よ!」

 頬をぷくっと膨らませて反論すると、兄は満足そうに笑い、私の頭をポンポンと叩いて洗面所を出ていった。

 ふう……。胸をなでおろし、ほっと息をつく。
 高鳴る鼓動も、ようやく落ち着いてきた。