「初めて会った日のこと、覚えてるか? 唯、こんなに小さくてさ」
兄は床と平行に手をかざし、懐かしそうに目を細める。
「ちょっと内気で、でも笑うとすごく可愛くて。
こんな妹ができるんだって、俺は舞い上がってた」
くすっと笑い、どこか照れくさそうに頬をかいた。
「唯をからかって遊ぶのが楽しくてさ。
あとをついてくるおまえが、本当に愛しくて……。
ずっと一緒にいたい、一生この子のそばにいるのは俺しかいない――そう思ってた」
ふぅ、と短く息を吐いて――その笑顔がすっと消えた。
さっきまでの柔らかい空気が、急に真剣なものへと変わっていく。
「でも、ある日気づいちまったんだ。
唯を“妹”じゃなくて、女の子として見てる自分に。
その瞬間、思い知らされたんだよ。世間の目ってやつを。
他人から見れば俺たちは兄妹。俺は唯の“男”にはなれないんだって」
辛そうに眉を寄せる兄を見て、胸がぎゅっと締めつけられる。
「血は繋がってないんだ。今なら、別に問題ないって思えるけど……当時は無理だった。
まだ子どもだったし、常識とか周りの目とか、そういうのが怖くて。
それに――唯が俺の気持ちを知ったら、どう思うんだろうって、不安でたまらなかった」
兄のまなざしが私を捉える。
そこには、愛しさと不安が入り混じった複雑な光が揺れていた。
……お兄ちゃんも、私と同じことで悩んでたんだ。
