しかし。

「唯が、他の奴の前で幸せそうに笑うのを、見たくない。
 たとえそれが流斗でも……俺は、おまえが――」

 苦しげに吐き出された言葉とともに、兄がゆっくりと顔を近づけてくる。

 息が触れるほどの距離。
 胸が締めつけられ、息が止まりそう。

 次いで、私の唇に、兄の唇がそっと重なる。

 温かくて、震えるほど優しい。
 甘い吐息がまじり、柔らかな感触がすべてを奪っていく。

 ほんの短い時間なのに、世界が止まったみたいに思えた。

 心臓が暴れるように打ち、頭が真っ白になる。
 ただ兄の温もりだけが、鮮やかに残る。

 ――けれど。

 兄ははっと我に返ったように唇を離し、慌てて立ち上がった。
 手で口元を押さえ、顔を真っ赤にして。

「……っ、ごめん」

 小さくそうつぶやき、兄は逃げるようにリビングを出て行ってしまった。

 取り残された私は、ただ茫然と天井を見つめる。

 ぼうっとする思考が徐々に戻ってきた。
 ゆっくりと体を起こし、自分の唇にそっと手を当てる。

 え? いま私、キスされた?
 なんで。どうしていきなり。

 頭がぐるぐるする。
 うれしい気持ちもあった。けど、なんで? って疑問が止まらない。

 だって、お兄ちゃんは私のこと、妹としか見てないはずだよね?
 それに……加奈さんっていう恋人がいるのに。

 いったい、どういう意味でキスしたの!?

 がばっと頭を抱える。

「わ、わからない……」

 そう呟き、近くにあったクッションを抱き寄せ、勢いよく顔を埋めた。



 次の日から、兄はますます私を避けるようになった。

 目も合わせてくれない。
 話しかけても、適当な返事だけして、すぐにどこかへ行ってしまう。

 兄の気持ちがさっぱりわからない。

 話したかった。
 あのキスの意味を知りたかった。
 でも、兄は何も言ってくれない。

 どうしていいかわからなくなって、私は蘭に泣きついた。

 すると蘭は、少し呆れたように笑って、優しく頷いてくれる。

 そしてその夜、私はまた蘭の家に泊まりに行くことになった。