「よ、よかったな……戻って。
 いきなり発作とかほんと驚くから。でも、俺が一緒でよかった」

 早口で、どこか取り繕うように話す兄。
 目を合わせようとはせず、顔をそらしている。

 ――でも、さっきの兄の表情。
 私を抱きしめていたとき、どこか苦しそうだった。

 お兄ちゃん、最近私を避けていたのは……やっぱりわざと?
 加奈さんが言ってたように、私を嫌いになったわけじゃなくて。
 流斗さんと私の邪魔をしたくなかったから?
 それとも、別の理由があるの?

 わからない。ちゃんと教えてくれなきゃ。

 黙ったまま兄を見つめていると、兄は無言で手を差し出してきた。
 座ったままだった私をそっと立たせる。

 そして、一瞬だけ見つめてきたかと思えば、すぐ視線を逸らし笑った。

「さ、唯は帰れよ。
 唯はもう家に帰ったことになってるから、ここにいるとマズいだろ。
 流斗には俺から言っておく。羽鳥さんにも適当に言っとくから」

「……え、あ、うん」

 一見、穏やかなやり取り。
 だけど、その言葉の奥に拒絶を感じた。

 さっき近づいたはずの心の距離が、また遠ざかっていく――

 私はそれ以上何も言えなかった。

 言葉を交わさないまま、静かに校舎を出る。
 校門へ向かう途中、ふと振り返ると兄の背中が見えた。

 グラウンドへ向かう背中は、どこか寂しそうで。
 ――こっちを振り向いてくれないかな。

 そう願ったけれど、その背は最後まで振り返らなかった。