しばらく何かを考えていた彼女が、ふと私の方を見た。
「ねえ、優くん」
「な、なに?」
蘭がじわじわと距離を詰めてくる。
「いろいろお話したいな。
唯と一緒にいたんだけど、彼女も帰っちゃったみたいだし……私、一人で寂しくて。
だから、一緒に体育祭、見学しましょ?」
そう言って、少し照れたように笑うその顔が、たまらなく可愛い。
「え……うん、いいよ」
自然に頷いていた。
いつも迷惑ばかりかけている蘭に、少しでも楽しい時間を過ごしてもらえたら――そんな気持ちだった。
流斗さんへ視線を向ける。
彼は軽く肩をすくめ、あきれたような笑みを浮かべてから静かに頷く。
「そうですね、僕はこれからまた競技に出なければなりません。
優くんのことよろしくお願いしますね、羽鳥さん。あまり優くんを困らせないように」
最後の言葉に、微妙な棘を感じる。
蘭も同じように思ったのか、少し眉をひそめて流斗さんを見つめた。
でも、たぶんあれは――流斗さんなりの気遣いだ。
そうだ、気を引き締めないと。
ずっと彼が傍で守ってくれるわけじゃない。
蘭の前で余計なボロを出さないようにしなくちゃ、と気合を入れる。
「もう、変な流斗さん。私が優くんを困らせるとでも思ってるの?」
蘭は怒ったように頬を膨らませたが、すぐに明るく笑った。
「さ、咲夜さんと流斗さんのこと応援しなくちゃね!
あ、あっちのほうが見やすいわ。行きましょう、優くん!」
そう言うと、私の手を引いて駆け出した。
そっと横顔を覗くと、瞳がきらきらと輝いている。
こんなにはしゃぐ彼女は久方ぶりだ。
頬を染めて、楽しそうに笑うその顔は、まさに乙女の表情。
彼女が喜んでくれるのは、うれしい。
けれど……この状況を、私はうまく切り抜けられるだろうか。
不安を押し隠しながら振り返ると、流斗さんは優しい目を向けながら手を振っていた。
