「ふーん。……あんまりこういうこと言いたくないんだけどね」
加奈さんは小さくため息をつき、意味深な視線をこちらへ向ける。
「咲夜くん、唯さんと一緒にいると疲れるって、よく愚痴るのよ。
“あいつと話すとしんどい”って」
――え?
胸が、ずきんと痛んだ。
体の内側から、一気に血の気が引いていくのがわかる。
お兄ちゃんがそんなことを? 本当に……?
私は加奈さんを見つめ返した。
彼女はまるで楽しむかのように笑ったあと、困ったような表情を浮かべる。
「私ね、“妹のこと、そんなふうに言うもんじゃない”って止めてるのよ?
でも彼、すごく辛そうで……。
だからお願いがあるの。できれば、咲夜くんにはあまり近づかないでほしいんだ」
な、なに言ってるの? この人。
あまりにも勝手すぎる言い分。
「え……でも、それは」
「咲夜くんのためよ? 唯さんも、咲夜くんのこと好きでしょ?
“お兄ちゃん”だもんねぇ。
だったら、苦しめるのは本望じゃないはずよ」
そう言いながら、加奈さんがじりじりと迫ってくる。
壁際に自然と追い込まれていき、息が詰まる。
「あなたも彼氏、いるんでしょ? だったら彼氏の方に集中したらどう?
……ま、あの彼も、どうかと思うけど」
クスクスと笑いながら、加奈さんは耳元でささやく。
「噂で聞いたんだけど……木村流斗さん、って言ったかしら?
彼のお父さん、ひどい人だったみたいね。
借金作って、家族を捨てて逃げたって――
そんな人の息子と付き合うなんて、大変ね。支えてあげなきゃ」
パンッ!
乾いた音が、校舎裏の静けさを切り裂いた。
私は、加奈さんの頬を――思いきり、平手で叩いていた。
