「いくぞーっ!」
笛の音に重なるように、兄の雄叫びが響き渡る。
「みんな、力を合わせて! 練習どおりにいけば勝てる!」
流斗さんは落ち着いた声で、的確に檄を飛ばした。
二人の声に応えるように、全員の表情が引き締まる。
その瞬間、綱がぐっと引かれ、両陣営の体が一斉に後ろへ沈んだ。
生徒たちの掛け声が響き、引っ張り合いが始まる。
だが、ほんの数秒で動きは止まり、綱はぴくりとも動かなくなった。
――完全な膠着状態。
「がんばれ、がんばれっ……」
気づけば、小さな声を漏らしながら拳を握りしめていた。
どっちの応援をしているのか、自分でもわからない。
その時だった。
兄のチームの一人が、足を滑らせてよろめく。
「今だ!」
流斗さんの声が響いた。
一斉に動き出すチーム。
揃ったタイミングで、一気に綱が引き寄せられる。
綱引きは一度崩れると立て直しが難しい。
そのまま、兄のチームはあっけなく敗北してしまった。
「あー……」
思わず、そんな声がこぼれたところで。
「あれ? 唯は、どっちを応援してたのかな?」
蘭が意地悪そうな笑みを浮かべ、私を覗き込む。
「べ、別に! 私は、どっちも応援してたの!
だって、お兄ちゃんと彼氏なんだから。どっちも大切に決まってるでしょ?」
なんとなく気まずくて、そっと蘭から顔を背けた。
本当は……ほんの少しだけ、兄の方をひいきしてた気がするけど。
それは、秘密。
