え、何だろう。こっちに何かあるのかな?
慌てて周囲を見回すけれど、“借り物”らしきものは見当たらない。
まさか……ま、まさかね。
浮かんだ妙な考えを振り払うように首を振った、次の瞬間だった。
勢いよく駆けてきた流斗さんが視界いっぱいに迫る。
その手が、私の手をぎゅっとつかんだ。
息を切らせながら、真っすぐに私を見つめてくる。
「唯さん、僕と来てください」
「ま、待て!」
すぐ後ろから兄の声が響いたかと思うと、視界の端にその姿が飛び込んできた。
息を荒くし、鋭い眼差しで私と流斗さんを交互に見据えている。
「唯、俺と来い」
真剣な眼差しが突き刺さる。
えっ、えっ!? なにこれ!
お兄ちゃんまで、どうして……。
今って借り物競争の真っ最中だよね?
驚きに足がすくみ、その場で固まる。
そんな私をよそに、事態はどんどん進んでいく。
「ダメです、僕が先でした!」
険しい表情の流斗さんが、兄に向かって声を張った。
兄もしきりに眉間に皺を寄せ、低くぼそっと言う。
「ちっ……。だったら本人が選べばいいだろ」
二人は火花を散らす勢いで睨み合った。
ちょっと待って……どういう状況?
まって、借り物ってわたし!?
困惑する私に、流斗さんが勢いよく振り向く。
「唯さん! 僕と咲夜、どちらと行きますか?」
「は、はいっ!?」
張り詰めた空気に迫られ、声が上ずる。
どうしてそうなるの!? 私、何もわかってないんですけど!
そして極めつけに――
「唯、好きな方を選べ!」
お兄ちゃんのその一言に、思わず叫んだ。
「えっ……じゃ、じゃあ……お兄ちゃん!」
ああ、しまったっ。
つい、本音が。
頭の中が真っ白になっていく。
「よしっ!」
満面の笑みでガッツポーズを決める兄に、あぜんとする。
でも、なんだか懐かしい。
こんなに嬉しそうに笑うお兄ちゃん、久しぶりに見た気がする。
やっぱり……笑った顔、いいな。
見惚れていると――
「行くぞ!」
兄が流斗さんの手を振り払い、私の手をつかんだ。
「えっ、ちょ、ちょっと! どういうこと?」
「いいから、早く!」
笑みを浮かべた兄に引っ張られ、訳もわからないまま必死で走った。
……なにこれ、意味わかんない。
私、借り物になんて、なった覚えないんだけど!?
