「咲夜……大丈夫か?」

 不意にかけられた声に、思考から引き戻される。
 気づけば、昔のことに意識を取られていたらしい。

 目の前には流斗が立っていて、俺の様子をじっと見つめていた。

「ああ、大丈夫だ」

 こめかみを手でぬぐうと、汗がにじんでいた。
 まだ、こんなにも恐れている――
 そのことを、改めて突きつけられた気がした。

「……おまえだって知ってるだろ?
 俺は唯を好きだなんて、言える立場じゃないんだ」

 握りしめた拳が、じんじんと痛む。

「そうだな。君が感じてる恐怖は、俺には想像もできない」

 流斗は静かに言った。
 だが次の言葉は、はっきりとした声だった。

「だけど、唯さんのこと……信じてないのか?
 彼女がおまえを憎むと思うのか?」

 その問いが胸を突いた。

 そう、わかっている。
 唯は優しい。
 もしかしたら、俺を許してくれるかもしれない――
 そんな淡い希望を抱いたこともある。

 でも、それでも怖い。

 夢の中で憎しみの目で睨まれたあの光景が、どうしても頭から離れない。

 拳に力がこもり、短く息をついた。