「おい、流斗。近づきすぎだ」
その声は、いつもより少し低かった。
気づけば兄がすっと前に出て、私と流斗さんの間に自然に割り込んでくる。
まるで、遮るかのように。
「はいはい……ほんと、素直じゃないんだから」
流斗さんは小さく肩をすくめ、困ったように微笑んだ。
「あ? なんだと?」
ふたりが軽く火花を散らす。
喧嘩しそうな雰囲気に、私は慌てて声を上げた。
「あーもう、帰ろ! ほら行くよ」
私は兄の腕をつかみ、ぐいっと引っぱる。
「お、おい、わかったって。離せよ」
兄は少し照れくさそうに、手を軽く振りほどいた。
え……なに? そんなに嫌なの。
ムッとしながら兄を睨みつける。
「男が女に引っ張られるなんて、ダサいだろ……」
そう言いながら、兄はわずかに顔をそらした。
なにそれ。今さらでしょ。変なお兄ちゃん。
私がじとっと見つめていると――
「じゃあ、帰りましょうか」
まるで空気を読んだかのように、流斗さんがやわらかく促した。
少し迷ったあと、私は流斗さんにそっと頷いた。
それから蘭の方へ目を向ける。
「蘭、じゃあまた明日ね」
「う、うん。皆さん、ごきげんよう」
蘭の高貴な挨拶に、ずっこけそうになる。
ごきげんようって……キャラじゃないでしょ?
さっきから妙におとなしかった蘭。
その視線はしっかりと兄と流斗さんに向けられていて、目がハートになっている。
ほんとに蘭は、美男子という種族に目がない。
彼女の目にはきっと、兄と流斗さんが王子様のように映っているんだろう。
私は呆れたように蘭を見つめ、手を振った。
蘭もここぞとばかりに、しおらしく手を振り返している。
……まったく。
心の中で盛大にツッコミを入れつつ、苦笑する。
気を抜いていたそのとき――
「おい、置いてくぞ」
不意に兄の声が飛んできて、ハッとした。
気づけば、兄と流斗さんはすでに歩き出している。
「あ、ちょっと待ってよー!」
私はあわてて、ふたりのあとを追いかけた。
