「おっはようー、唯!」
教室に入るや否や、羽鳥蘭に抱きつかれた。
「おはよう、蘭」
私が微笑むと、蘭は長く艶やかな黒髪をふわりと揺らし、きらりと輝く瞳で嬉しそうに目を細める。
通りすがる男子たちが、彼女の方へちらりと視線を向けていった。
まあね……蘭は綺麗だから。
プロポーション抜群で、女性らしい曲線を描く身体。そこに加わる程よい色気。
女の私でさえドキッとしてしまう瞬間があるほどだ。
同性から見ても魅力的な女性――羨ましい限り。
私なんか、兄から「色気がない」ってよくからかわれているのに。
「ねえ、この前貸した漫画どうだった? あの男の子、よくない?」
また始まった、と小さくため息をつく。
蘭は生粋のオタクだった。
漫画やアニメ、とくに少女漫画が大好きで、いつも何かしら語っている。
以前なんて、漫画に登場する王子様みたいなキャラクターを指して「こんな人と恋に落ちるんだ」って堂々と宣言していた。
今のところ、その理想の男性は現れていないようだけど……。
そのせいか、蘭は誰とも付き合ったことがない。
すごくモテるのに、現実の男たちにはどこかクールで距離を取っているように思う。
理想を決して崩さないその姿勢は、ある意味すごい。
ただ、兄に対してだけは、蘭の様子が明らかに違った。
兄の前だと、まるで乙女みたいに恥じらって、声もワントーン高くなる。
問いただしたとき、蘭は「憧れよ。好きとかじゃないから」と笑っていたけど――。
その言葉に、私は内心ほっとしていた。
だって、蘭が相手じゃ……正直、勝ち目なんてない。
