「はあー、疲れた」

 加奈さんの姿が見えなくなった途端、兄が大きなため息をつく。

「ちょっと、失礼だよ。彼女なんだからもっと楽しそうにしなよ」

 呆れて眉をひそめると、兄は嫌そうな顔を向けた。

「んー……。そうだな、おまえは楽しかったみたいだしな」

 どこか不機嫌そうに、私と流斗さんを睨みつける。

「なによ、その態度」

「おい、さっきから女言葉になってるぞ。気をつけろよ」

 ぶっきらぼうに忠告してくる兄に、私はムッとする。

 いったい、なんなのさっきから。

「……帰りましょう」

 流斗さんが優しく微笑みかける。
 私と兄の空気を察してのことだろうか。

 その笑顔に、ほんのり気持ちが和らいぐのを感じた。
 それでも、まだ苛立ちは少し残っていたけれど。



 そのまま三人で、ゆっくりと歩き出す。
 誰も何も言わない。

 気まずい沈黙が漂う中、兄はふてくされたように前を見つめ、流斗さんも静かに歩を進める。

 私はふたりの背中を追いながら、どう声をかけていいかわからずにいた。

 しばらくの間、三人の間に沈黙が流れていく。
 道は夕暮れ色に包まれ、あたり一面がやわらかな赤に染まっていた。
 三人の影が長く伸びて並んでいる。

 私は兄をじっと見つめながら、物思いにふける。
 やっぱり、兄の態度はどこか変だ。
 いったい何が気に食わないのか。

 悶々としていると、ふと流斗さんが足を止める。

「じゃあ、僕はここで」

 気づけば分かれ道に差し掛かっていた。
 私の家はこの先だけど、流斗さんはここから別方向だ。

「流斗さん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです。
 ……それに、助かりました。優に変身したとき、色々と」

 お礼を伝えながら観覧車でのことを思い出す。
 急に恥ずかしくなってしまい、思わず視線を伏せた。

「いえ……。あの、今日言ったこと、真剣に考えてもらえますか?
 返事はいつでもいいので。僕はいつまでも待ちます」

 真剣な眼差しがまっすぐに向けられる。

「あ……はい。わかりました」

 心臓がドキドキと脈打つ。
 もう変身してるからこれ以上変身はしないけど――
 本当に今日は流斗さんにドキドキさせられっぱなしだ。

「おい! もう行くぞ」

「あ、う、うん」

 急かされた私は、流斗さんに軽く頭を下げて兄のもとへ駆け寄った。

「じゃあな、また」

 ぶっきらぼうに告げる兄に、流斗さんは優しい笑みを返す。

「ああ……またな」