夢で見た素敵な出来事が、現実に起こったら——
 それって、とても幸せなことだと思わない?

 悪い夢なら目が覚めてほっとするけれど
 いい夢なら、ずっと覚めないでほしい。

 今朝、私が見た夢。

 一人の男の子が
 優しく微笑んで私をみている
 暖かい眼差しは私の心をぽかぽかにしてくれた
 夢の中の私はドキドキが止まらなくて
 幸せな気持ちでいっぱいになっていた
 

 ——こんな気持ち、はじめて。

もう少し、もう少しだけ……。

私は羽毛布団を頭までかぶりながら、小さくため息をついた。
 ぽかぽかのぬくもりに、まぶたはますます重くなる。

 『さっきのは夢?』

 と心の中で呟きながら、そっと目を閉じる。
 ドキドキは収まるどころか、ますます高鳴る。
 私はもう一度あの男の子に会いたくて、ゆっくり目を閉じてみる。
 でも、そんな夢は叶うはずもなく、ママの足音がだんだん近づいてくる。
 部屋の扉が開いて、私はすぐに現実に引き戻された。
——私、桜木美桜《さくらぎみお》。中学三年生。

パパの転勤で、昨日この街に引っ越してきたばかり。
“転勤族”として十五年間生きてきた私は、引っ越しや転校にはもう慣れている!
……慣れてはいるけど、正直、やっぱり不安。



新しい制服に袖を通して外に出ると、春の空気がふわっと包み込んでくれた。
ここ、華澄ケ浜は海辺の街。
電柱が一本もなくて、空がどこまでも広く見える。
レンガの歩道には銀杏並木がきれいに並び、おしゃれな街灯がその景色をやさしく彩っていた。

遠くに見えるスタジアムは、私が熱烈に応援しているプロ野球球団の本拠地。
「ここが私の街になるんだ……」
そう思うと、少しだけ胸が弾んだ。

ほんの少しだけ不安が消える気がした。
この街でなら新しい毎日が始められるかも……