カランとドアのベルが鳴り、一人の男性客が入ってきた。常連の大崎(おおさき)さんだ。

 私は今、カフェバーで働いている。昼は主にカフェ、そして夜はバー。雑居ビルに入っているにも関わらず、欧風のインテリアや(のぞ)める夜景が綺麗な事もあり、そこそこの人気を博している。私がこの店を知ったキッカケも、雑誌で紹介されていたからだ。

「こんばんは、大崎さん。今日もお仕事ですか? 遅くまでお疲れ様でした」

 私はペコリと頭を下げた。

「こんばんは。仕事なんてとっくに終わってたのに、クライアントの返事待ちだけで2時間も居残りだったよ。とりあえず、ビールお願い」

 時計は既に22時を回っている。広告代理店っていうのは大変な仕事らしい。見るからにモテそうな大崎さんだが、友人や恋人と来ている所は見たことが無い。

「それはそれは、お疲れ様でした……で、その2時間の間って何やってるんですか?」

「その時間帯は、疲れちゃってるからね。ボーッとスマホ見たり、ネットしたりって感じかな。——まあ、陽キャ達はキャッキャやってたりもするけど」

「大崎さんは後者ですよね? キャッキャやってる方の……」

「ええっ!? 俺ってそんな風に見えてるの? そりゃ仕事柄、小綺麗な格好はしてるけどさ。趣味はテレビゲームとか、そっち系だよ」

 大崎さんはそう言って、カラカラと笑った。

 私は、大崎さんの自分を飾らない所が好きだ。「友達なんて殆どいない」、なんて聞いた事もあるが、多分それは嘘だと思っている。

「そうなんですね。でも、趣味があるだけいいじゃないですか。私なんて趣味なんて言えるものさえ無いですし——あ、いらっしゃいませ」

 新しいお一人様が入ってきた。あの方もカウンターに座られるだろうから、大崎さんとのツーショットはここで終了だろう。その後はテーブル席の客も増え、ホール担当のサポートにも回った。大崎さんと次に会話をしたのは、お会計の時だった。

「じゃ、そろそろお会計にしようかな。今日は平日なのに混んだね」

「すみません、バタバタしてしまいまして。今日も有り難うございました、えーと……2,200円になります」

 大崎さんは千円札3枚と、1枚のメモを渡してきた。

「メモは……恥ずかしいから後で見て。——またお邪魔します、ご馳走様でした」

 そのメモには、『気が向いたらで結構です』という文字と共に、メッセージアプリのIDが書かれていた。