とうとう、本番当日がやってきた。

私たちは、いつものように楽器をトラックに積み込み、バスに乗り込んだ。

窓の外を流れる景色は、いつもと変わらないはずなのに、今日はなぜか胸がざわついていて、怖く感じた。

発表会は、いつもなら楽しみなはずだった。

でも今日は、怖かった。

——県大会に進めなかったら、私の吹奏楽人生が終わってしまう。

その思いが、ずっと胸の奥で重く響いていた。

バスに揺られて約1時間。

到着したホールには、すでにたくさんの学校が集まっていた。

制服姿の生徒たちが、楽器を抱えて行き交う。

その光景に、さらに緊張が高まる。

私たちは楽器を下ろし、準備を整えてチューニング室へ向かった。

その途中、詩妃が突然声を上げた。

「あ、お久しぶりです!!」

振り返ると、そこには—— 1年生のときに指導してくださった、崎原先生の姿があった。

「こんにちは!」 私が声をかけると、みんなも次々に「こんにちは!」と挨拶を続けた。

「ひさしぶりやねー」

崎原先生は、懐かしそうに笑った。

もっと話したかった。

でも、今はそれどころではない。

チューニングの時間が迫っていた。

桜田先生に連れられ、私たちはチューニング室で音を合わせた。

息を整え、音を整え、心を整える。

そして、時間が来た。

舞台裏へと移動すると、前の学校の演奏が耳に入ってきた。

聞いたことのあるメロディー。

みんなで鼻歌を口ずさみながら、緊張を紛らわせる。

そのとき—— 「おっ、みんな!」

黒縁の四角い眼鏡をかけた、若い男性教師が私たちの間をすり抜けてきた。

小澤(こざわ)先生だった。

「えっ、なんでいるん?」 みんなが驚いた声を上げる。

小澤先生は、私たちの学校で社会を教えている先生。

でも、去年は別の学校で吹奏楽を指導し、関西大会まで生徒を連れて行ったという、ちょっとした“伝説”の持ち主。

「おおっ次か、頑張ってー」

って応援してくれた。

「そろそろ行きますよー」

と、桜田先生の声で、またまた私たちの緊張は増す。

舞台裏のカーテンから客席のライトが見える。

これで最後、という覚悟と、深呼吸をして、私たちは、ステージに立った。

ライトがまぶしい。 客席が見えないほどの光の中で、私たちは立った。

譜面台の前に立ち、楽器を構える。

指揮台に桜田先生が上がる。

初めの第一音は、芽衣歌のユーフォと、私のホルン。

先生の手が、静かに上がる。

緊張が走る中、思い切って音を出す。

すると、ぴったり二人の音が合った。

芽衣歌と、目は合わせないけど、心がつながっているように二人の心の中で、初めのミッションはクリアと、ガッツポーズをした。

その瞬間、音楽室で過ごしたすべての日々が、胸に蘇った。


そして——


桜田先生の指揮は、いつもより少し柔らかくて、でも真剣な顔だった。。

その手の動きに、私たちは全力で応えた。

先生の中に宿る命と、先生の最後の指揮、それに悲しく、でも、美しいように感じる。

芽衣歌のユーフォが、深く響く。

詩妃のトランペットが、彩る。

私のホルンは、今までで一番、遠くまで届いた気がした。

曲の最後、汽車がトンネルを抜けるように、音が加速する。

桜田先生の手が、ぐっと上がり—— そして、静かに下ろされた。

音が止まった。

ホールに、静寂が戻る。

一瞬の沈黙。

そして、拍手。

客席から、温かく、力強い拍手が響いた。

私は、楽器を抱えたまま、そっと息を吐いた。

——終わった。