蝉の声がうるさく響く校舎の窓辺。
あゆか先輩と話したあの日から、部活は一気にコンクールモードへと突入した。
「裏打ちばっかりやん」
先輩のあの言葉が、今でも頭の中でリフレインする。
笑い合ったあの瞬間が、まるで遠い昔のように感じられるほど、今は毎日が濃密だった。
平日は、ひたすらコンクール曲の練習。
土曜日は、朝から夕方まで合奏。
そして、夏休み。
みんなが遊びに出かける中、私たちは音楽室にこもり、汗を流しながら音を重ねた。
「この前も言ったよね。ちゃんと直して」
先生の声が、いつもより少し鋭く響く。
私は「はい」と返事をして、譜面にマーカーをこすりつける。
できない自分が悔しくて、でも、あと少しで引退だと思うと、踏ん張るしかなかった。
いつもどおりの夏休み、コンクール一週間前。
音楽室 合奏の準備をしていると、楽器を抱えて待っている私たちに、先生が静かに言った。
「あの、ひとつ言うことがあります。」
その声に、みんなの手が止まった。
ざわついていた空気が、すっと静まり返る。
先生は、譜面台の前に立ったまま、少しだけ目を伏せてから、口を開いた。
「実はわたし……」
その言葉の続きを、誰もが息を飲んで待った。
時間が、ゆっくりと流れているように感じた。
「妊娠しておりまして……今、5か月に入ったところです。」
先生は、少し笑って、手をお腹に添えた。
その瞬間、音楽室に柔らかな驚きが広がった。
先生は、すっと服の上からお腹を押さえて見せた。 ほんの少し膨らんだお腹が、確かにそこにあった。
私は「えっ……」と小さく声を漏らし、 別の誰かが「すごい……」とつぶやいた。
——やっぱり。
実は、前々から、なんとなく察していた。
今年、先生は担任を持たなかった。
去年も、妊娠していた先生が担任を外れていたから、先生も、もしかして……と、ふと思ったことがある。
それに、最近の先生の服装。
前はもっとシャキッとした服やパンツスタイルが多かったのに、 ここ最近は、ふわっとしたワンピースや、ゆるめのトップスが増えていた。
そして、顔つき。
なんて言えばいいんだろう。
少し柔らかくなったというか、優しくなったというか。
目元の雰囲気が、前よりも穏やかに見えた。
でも、確信はなかった。
だからこそ、先生の口から直接聞いたとき、驚きよりも、静かな納得が胸に広がった。
先生は、少し照れたように笑って言った。
「だから、最近ちょっと厳しくなってたかもしれないけど……
ごめんね。でも、みんなの演奏が本当に楽しみで、母になる前の最後の指揮だから、最後まで一緒に頑張りたいと思ってるの。」
その言葉に、胸がぎゅっとなった。
この夏、私たちが全力で音楽に向き合っている姿を見て、 きっと「今なら伝えられる」と思ったんだと思う。
私は、譜面を見つめながら、そっとマーカーを握りしめた。
この夏は、先生にとっても、私たちにとっても、特別なものになる。
音楽と命が、同じ時間を刻んでいる——そんな奇跡のような夏。
私はきっとこの夏を忘れない。
あゆか先輩と話したあの日から、部活は一気にコンクールモードへと突入した。
「裏打ちばっかりやん」
先輩のあの言葉が、今でも頭の中でリフレインする。
笑い合ったあの瞬間が、まるで遠い昔のように感じられるほど、今は毎日が濃密だった。
平日は、ひたすらコンクール曲の練習。
土曜日は、朝から夕方まで合奏。
そして、夏休み。
みんなが遊びに出かける中、私たちは音楽室にこもり、汗を流しながら音を重ねた。
「この前も言ったよね。ちゃんと直して」
先生の声が、いつもより少し鋭く響く。
私は「はい」と返事をして、譜面にマーカーをこすりつける。
できない自分が悔しくて、でも、あと少しで引退だと思うと、踏ん張るしかなかった。
いつもどおりの夏休み、コンクール一週間前。
音楽室 合奏の準備をしていると、楽器を抱えて待っている私たちに、先生が静かに言った。
「あの、ひとつ言うことがあります。」
その声に、みんなの手が止まった。
ざわついていた空気が、すっと静まり返る。
先生は、譜面台の前に立ったまま、少しだけ目を伏せてから、口を開いた。
「実はわたし……」
その言葉の続きを、誰もが息を飲んで待った。
時間が、ゆっくりと流れているように感じた。
「妊娠しておりまして……今、5か月に入ったところです。」
先生は、少し笑って、手をお腹に添えた。
その瞬間、音楽室に柔らかな驚きが広がった。
先生は、すっと服の上からお腹を押さえて見せた。 ほんの少し膨らんだお腹が、確かにそこにあった。
私は「えっ……」と小さく声を漏らし、 別の誰かが「すごい……」とつぶやいた。
——やっぱり。
実は、前々から、なんとなく察していた。
今年、先生は担任を持たなかった。
去年も、妊娠していた先生が担任を外れていたから、先生も、もしかして……と、ふと思ったことがある。
それに、最近の先生の服装。
前はもっとシャキッとした服やパンツスタイルが多かったのに、 ここ最近は、ふわっとしたワンピースや、ゆるめのトップスが増えていた。
そして、顔つき。
なんて言えばいいんだろう。
少し柔らかくなったというか、優しくなったというか。
目元の雰囲気が、前よりも穏やかに見えた。
でも、確信はなかった。
だからこそ、先生の口から直接聞いたとき、驚きよりも、静かな納得が胸に広がった。
先生は、少し照れたように笑って言った。
「だから、最近ちょっと厳しくなってたかもしれないけど……
ごめんね。でも、みんなの演奏が本当に楽しみで、母になる前の最後の指揮だから、最後まで一緒に頑張りたいと思ってるの。」
その言葉に、胸がぎゅっとなった。
この夏、私たちが全力で音楽に向き合っている姿を見て、 きっと「今なら伝えられる」と思ったんだと思う。
私は、譜面を見つめながら、そっとマーカーを握りしめた。
この夏は、先生にとっても、私たちにとっても、特別なものになる。
音楽と命が、同じ時間を刻んでいる——そんな奇跡のような夏。
私はきっとこの夏を忘れない。


