吐く息が白く消える。

その人魚姫はいつまでも、海を見ていた。


消えない想いは、優しい絵本になって、雪の様に降り積もる。

……どうか夏になったら消える雪のような、――儚い想いじゃありませんように。
「いきなり、泊めて欲しいだぁ!?」

玄関で心配そうに私を見下ろす、金髪に染めた髪が眩しい若い男の人。
私の足元のキャリーケースをいぶがしげに見下ろしている。


「――いいじゃん、別に。てか家出して来たの」

キャリーバッグを持ったまま、私も負けじと睨み付けると、小さく溜め息を吐いた。

「……家出?」

「――ママ達が離婚する、かもだから」

「……入れよ」

重苦しい雰囲気に負けた優しい、『お義兄ちゃん』は私を招き入れた。

「やった♪ お邪魔しまーす」

今年一番の最低温度を記録した今日、一番寒いであろう海に面したこの家で、私は1年ぶりにお義兄ちゃんと再会を果たした。


無口で、見た目は怖いけれど、優しくて、可愛らしい絵本作家をしているお義兄ちゃんに、こう言えば泊めて貰えるって分かってたから。


「あ、ママには彼氏の家に泊まってる事にしてるから、連絡しないでね」
「……彼氏なんていねーくせに。あーぁ、面倒臭ぇなぁ」

ぶつぶつと文句を言っていたけれど、私は無視してお客様用の部屋にキャリーバッグを置きに行った。


「あれ、お義兄ちゃん、客室掃除してるの?」

埃一つなしで、窓も少し空いていた。


「……ああ」


言葉を飲み込む様に、そう呟いたけれど、私は床に落ちていた真珠のイヤリングを見落としはしなかった。

5年前に、私のママとお義兄ちゃんのパパは再婚した。

その時には既に18歳だったお義兄ちゃんは、絵本作家をしていた。同居の話もでたけど、この海の見える家から離れたくないから、と拒んでいた。
私は別に、新しいパパは優しいし、新しい家で1人部屋を貰えて嬉しかったので、お義兄ちゃんと一緒に暮らせなくても寂しくなかった。

ただ、夏には泊まりに来て、よく一緒に海で遊んだ。
とっても優しくて、私は大好きだった。


「お義兄ちゃん、風邪ひくよ?」

ベランダの窓を開けたまま、ワインの瓶をテーブルに何本か転がしている。顔色は変わっていないけど、お酒臭い。
私は溜め息をつきつつも、毛布を被せてあげた。

ベランダの窓を閉める時に、夜の海を見て動きを止めた。
静かな波が寄せては返し、浜辺にはかすかにビルの灯りが映し出されていた。真冬の海は寂しくて綺麗だ。

「あのな、兄ちゃんな、」
呂律も回らないくせに、お義兄ちゃんは、むにゃむにゃと気持ち良さそうに言った。



「人魚に会った事があるんだよ」


そう言って、眠ってしまった。

「人、魚に………」

むにゃむにゃ寝言まで『人魚』とはね。さすがの私も苦笑してしまった。
何故なら、お義兄ちゃんの描く絵本は、人魚ばっかりだった、から。

この、コテージのような小さな家には、人魚の絵本がいっぱいだったから。


「全く! 現実はそんな綺麗じゃないんだからね!」
 
夢ばっかり見ているお義兄ちゃんが、少しばかり羨ましかった。
 
……暇だ。
暇すぎた。


お義兄ちゃんは、絵本の締め切りに追われて部屋から出て来ないし、
真冬なので海で遊べない。

絵本は沢山あるけれど、全部読んでもらった事があるものばかり。

……仕方ないので、本屋かビデオ屋を探しに行く事にしよう。

そう思って外に出ると、外は優しく雪が降っていた。

しんしんと、優しく。
手に乗せると儚く消えた。


何故か少し寂しくて、私は黙って街まで走った。



「あっ!」

偶々、浜辺を通って近道していた時だった。ガラスが海水の波に流され丸まった石を見つけた。
空にかざすと、綺麗で宝石みたいで大好きだった石。

青い石を太陽に翳した時、だった。





「誰か、いる?」


奥の岩の上に、女の人が立っている。
海を見ているので、こちらからは顔は見えないが、雪が降るこんな寒い日に、コートもなしで、淡いピンクのワンピース姿。

柔らかく、やや茶色のウェーブかかった髪は、腰まで伸びていて、手足は雪の様に白かった。


「あの~」

ゆっくり近づいて、私は女の人に話しかけた。
女の人は振り返らない。

「あの~! そこ、波も深くて流れも早くて危ないですよ」

そう言うと、女の人はゆっくり振り返った。


「わっ 外国人さん!?」

綺麗な緑色の瞳に、色素が薄く鼻は高く、とても綺麗な人だった。

綺麗で、折れそうなぐらい細くて、儚げな、人。
御伽話から出てきたお姫様みたいだ。


「ありがとう。大丈夫よ」


そう、その外国人さんは言うと、たばこの煙を空に吐き出した。

綺麗な儚げな外国人さんだったから、煙草が似合わなくて、ちょっと違和感があった。


「でもね、その岩、満ち潮になったら海に潜っちゃうし、お義兄ちゃんのママも溺れた事もあるんだよ??」

涼しげに私の話を軽く流していた外人さんは、ゆっくり私の目を見た。



「知ってるわ。私も此処で足を滑らした子供を助けた事あるのよ」

甘い香りを吐き出して、不敵に笑った。
煙草の匂いではなくて、甘く酔いそうな香りだった。



「貴方こそ、此処は子供は来たら危ないわよ?」

そう言われて、ちょっとムッとしてしまった。

「私はもう14歳なので子供ではありませんけど!?」
「あら、子供じゃない」

クスクス笑われたのが、馬鹿にされた様な気がしてちょっと気分が悪かった。

「――勝手にして下さい!」

私はそのまま、踵を返し、お義兄ちゃんのいる家へと帰った。

クスクス、と、その女の人はずっと笑っていた。
 

テーブルに座り、カタカタとパソコンに文字を打ちながら、お義兄ちゃんは、苦い珈琲を飲んでいる。

私は暖房が効いた床に座り、お義兄ちゃんの椅子を背に、テレビを見ている。

そして、やっとお義兄ちゃんは核心を聞いてくれた。

「……んで、離婚の話は、どこまで聞いたの?」

「うん」

「……うん、じゃなくてさ」

「うん」

テレビを見ながら、ぼーっと聞き流したかった。けれど、お義兄ちゃんも、聞きづらそうに2、3日様子を見てくれていた。いつまでも義妹を置いておくのも邪魔かもしれない。

「夜に、言い争いしてた。…最近してる。よく聞こえないけど、私の事で喧嘩してる」

「うん」

「で、よく聞こうとしてママ達の部屋に行ったら、ママが叫んだの。『勝手にして! 私はあの子と出ていくから!』って」
「……うん」

「どうしたらいいか分からないから、とりあえず逃げてきたのさ」

諦めたように私が言うと、お義兄ちゃんは、コーヒーをテーブルに置いた。


「――救えないよなぁ」

そうボソッと言うと、悲しそうに笑った。


「もし本当に、それが現実なら。――俺、どうやって人を好きになればいいんだろ」


――何度も、人の気持ちの移り変わりを見ておきながら。


「彼女がずっと俺を好きで居てくれる自信なんで、出て来ないし」


「――彼女?」

今、私は両親の話をしていたのに、誰の話だろう。
ちょっとムッとすると、お義兄ちゃんは笑って謝った。

お義兄ちゃんの本当のお母さんは、体が弱くてとても儚げな人だった。お義兄ちゃんを産むのも、本当は危険だったらしい。

「あら、おちびチャン。また来たの?」

お義兄ちゃんの家に居るのが気まずくて、浜辺を散歩してたらまたあの性格の悪い外国人がいた。

相変わらず、クスクスと笑ってタバコを持っている。


「――本当にそこ、危ないんだからね」

「はいはい」

「お義兄ちゃんのママは、そこで足を滑らせて! ……死んじゃったんだからね!」

優しくて、綺麗な人。
それが写真で見た、お義兄ちゃんのママの印象だった。

お義兄ちゃんは、まだ8歳だったらしい。

その10年後に、お父さんが再婚した。
――お義兄ちゃんは、どれだけ傷ついただろうか。

お父さんは、ママを忘れて他の人を好きになったんだ。

そう思って、傷ついたかもしれない。

なのにまたママ達が離婚してしまったら、本当に信じられなくなるだろうな。

人を好きになるの、怖くなるだろうな。


「おちびチャンの癖に、深刻に悩んでるの?」


外国人さんは、注意も無視して岩に座り込み、私を見下ろして笑った。


「はーあ。貴女は悩みなんてなさそうですもんねぇ」

私がチラッと目でやり、イヤミっぽく言ってやった。
「あら、私だって悩んでいるわよ」

フフン、と済まし髪をかきあげる。
長い爪も、細い指も、掻きあげる仕草も、色気を感じさせた。

「――私も困ってます。岩に座られて。目の前で死なれたら迷惑じゃないですか」

なるべく、冷静に淡々と言ってやった。外人さんはしばらく目をパチパチさせていたが、やがて爆笑し出した。


「おちびチャン、面白いわね。私好きだわ」

「――私は嫌いですけど」

滅茶苦茶、子供扱いされて腹が立った。

「ごめん、ごめん。あと数日したら止めるからさぁ」

煙草を貝殻のケースにしまい込んで、外国人さんは笑った。

「数日? 本当ですね?」


「本当に本当! 雪が降り止んだら帰る予定なの。そしたら、もうここには来ないし。私、ここで雪が止むのを待ってるのよ」

雪が止むのを、か。

そんなに強い雪じゃないから、飛行機も電車も止まってないのにな。


「あまりにも、儚い雪だから見とれてしまってね。あの人みたいな、繊細な雪」

クスクスと笑った。

「ねぇ、おちびチャン、浜辺で『これ』落ちてなかった?」

そう言って、外国人さんは髪をかきあげた。
外国人の耳元には、真珠のイヤリングがしてあった。


「片方、落ちちゃってね。見つけたら教えて」
その、イヤリングは知ってた。
お義兄ちゃんの客室にあった。

でも、何故……?


「ただいま」
「ふざけんなよ!」

携帯に怒鳴りながら、お義兄ちゃんはお酒の缶を握りつぶす。
ナイスタイミングで帰宅してしまった自分を殴りたい。

「関係なくないだろ! 俺だって家族だ! 妹を寂しがらせんなよ! なんだよ!」

ガコッと潰した缶を壁に投げた。壁には、当たった所に残っていたお酒がかかり、ゆっくりと壁を伝い落ちていく。


「何だよ! 子ども傷つけても喧嘩したい理由があるのかよ!」

私に気づかないお義兄ちゃんは、弱々しく、声も体も震わせていた。


「妹は俺が育てる! お前らなんて嫌いだ! ばかー!」

酔っ払いの子どもっぽい暴言に、私は不覚にも笑ってしまった。
年上でしっかりしてて、優しくて頼りになると思ってたけれど、
お義兄ちゃんにも、弱い所はあったんだ。

「お前、」
私に気づいたお義兄ちゃんは、目をぱちくりさせた。

「ありがとう」

でも、救われないねぇ。
そうクスクス笑うと、お義兄ちゃんも悲しそうに笑ってくれた。



「お酒、飲もうよ! いっぱいあるよ」

床暖房が効いた、さっぱりした部屋に座り、2人クスクス笑った。
私は可愛い人魚のイラストの絵本の横に、缶ビールのタワーを作り、私はホットココアを作る。
月明かりだけが周りを照らすだけになるまで、私たちは飲み明かした。
お酒が足りないないと赤ん坊の様に泣くお義兄ちゃんと2人、海に面した丘を下る。
お酒の買い足しか、酔いを醒ます散歩か、目的は分からない。

「落ちるよー」

お義兄ちゃんは防波堤に登り、少しフラフラしながら歩く。けれど、頼りない笑顔は崩さなかった。


「あ、もうすぐ、俺と母さんが溺れた岩が見えるよー」


やっほーっとお義兄ちゃんは手を振った。

お義兄ちゃんのお母さんは溺れ、お義兄ちゃんは救助された、場所。

もし、お義兄ちゃんのお母さんが助かってたら、私もお義兄ちゃんも出会わなかった。傷つかなかった。


「俺ねー、人魚に合った事があるの」

「前にも聞いたよ」

「うん。人魚にね、助けて貰ったんだ。……綺麗だった」

そう言うと、防波堤の上を立ち止まり、満月を見上げた。


「海の中、淡く金色に光る髪。透き通る白い肌。俺を抱きしめてくれた、温もり」

全て、偽物で、
全て、本当で、
全てが夢の中だった。



「あんなに彼女を探したのに、あんなに人魚を忘れないように、俺は絵本作家になったのに」

心は満たされない。
心は不安だらけ。


「あ、あの人だ」

酔っ払いが感傷に浸ってる時、あの岩に今朝の人を見つけた。
相変わらず、寒そうなワンピースで、胡座を掻いて岩に座っていた。


「ねぇ、お義兄ちゃん」

「ん~?」

満月を見上げたままのお義兄ちゃんに聞いた。


「あの人、知り合い?」



岩の上で、靡く髪を押さえながら、外人さんは海を見つめていた。


「客室に落ちてたイヤリングの持ち主?」

「……なんで!?」

私がポケットからイヤリングを出すと、お義兄ちゃんはびっくりして堤防から落ちそうになる。
よろけたお義兄ちゃんと2人、私は海辺に倒れ込んだ。


……お義兄ちゃんは泣いていた。
震えながら、弱々しく。



「お前、人魚って信じる?」

「信じない」

「即答かよ」

お義兄ちゃんは、バサッと砂に埋め込むように倒れ込んで、力なく笑った。


「俺を助けてくれた。ずっと会いたかった。会ったら好きになった。
――すげぇ好きになった」

砂を握りしめ、笑って情けない姿で。


「分からなく、なった。怖くなった。彼女の本心が分からない。
何も教えてくれなくて不安だった。 どうして俺に会いに来てくれた? どうして俺のそばに居てくれる? 君は、本当に―――」


笑って誤魔化して自分の話はしない彼女。

ずっと会いたくて、会いたくて、何冊も人魚の話を書いていたのに、
現実の彼女は、生きてて笑ってて、理想と離れていった。

悩んでいたら、突然、彼女は姿を消した。それが、答えだったんだ。


「永遠に俺を好きでいるはず、ない。人の気持ちは簡単に変わるんだ」

そう、静かに笑う。
 「永遠なんてない、かぁ」

泣き喚いたお義兄ちゃんを寝かせ、窓辺から海を眺めた。

相変わらず、ちらちらと雪は降っている。

お義兄ちゃんのパパは、ママが死んで、すぐに私のママと結婚した。

すぐと言っても10年だ。

でも、お義兄ちゃんには『すぐ』らしい。
死んだ人を思う気持ちに賞味期限切れなんてないけれど、思い出よりも隣に寄り添う人に思いは移る。

お義兄ちゃんは、寂しかったんだろうな。
ママが居た場所がなくなって。
パパがママにむけていた優しい笑顔は、私のママの物になって。

そして、また私のママ達が離婚したら。


どんなに人を好きになっても、気持ちは変わってしまうから、
お義兄ちゃんは変わりたくなくて、ずっと好きで居たくて、あの外人さんにもそれを求めてしまってたんだ。

……なんて情けない人だ。




吐く息が白く消える。

その人魚姫はいつまでも、海を見ていた。
消えない想いは、優しい絵本になって、雪の様に降り積もる。
……どうか夏になったら消える、雪のような――儚い想いじゃありませんように。



「お姉さん、まだ帰らないの?」

毛布にくるんで、外人さんに会いに行くと、外人さんは私に一瞥すると、すぐに海を眺めた。

「このイヤリング、お義兄ちゃんの家に落としてたよ」


そう言って差し出すと、その女の人は目を丸くした。


「ありがとう、おちびチャン」


これで、還れるわ。


そう言って、優しく笑った。

雪の様な白い真珠のイヤリングは、彼女の耳元で淡く光っていた。


「貴女は、お義兄ちゃんが好きだったの?」

隣に立って、私が聞く。


「そんな安っぽい言葉じゃ足りないわ」

そう言った。

「でも、重いかな。私に理想を押し付けて、本当の私を見てくれなくて。……本当の私はがさつだし、飄々してるし――この香りがなきゃ、上手く生きていけないし」

そう言って、外人さんは葉巻のような煙草に火をつけ、甘い香りを漂わせた。


「――貴女は人魚なの?」


私がそう聞くと、外国人さんはただにっこり笑うだけだった。



「でも、明日には消えるわ。海の泡の様に。それで、彼の傷を守れるならば」

そう言うと、ゆっくり浜辺へ歩きだした。


「おちびチャン、イヤリングのお礼に。携帯、開いてごらんなさい」


私が携帯を開くと、ママ達からの着信が沢山あった。
ちょうど、たった今まで。

顔を上げたら、外国人さんの姿は無くて、浜辺に足跡が残っているだけだった。










「お義兄ちゃん!  お義兄ちゃん!」

お義兄ちゃんを揺さぶるが反応が遅くて、私はお義兄ちゃんの胸を叩いた。
けれど、叩いた力は弱々しく、涙で力が出なかった。



「お義兄ちゃん、あの外国人さん帰っちゃったよ! 居ないよ!」

すると、お義兄ちゃんは目を覚ました。


「お義兄ちゃんが好きって! 好きって言葉じゃ足りないって! でもお義兄ちゃんが望むなら海の泡になるって!」

「――おい?」

「怖い? 簡単に気持ちが変わるって思ってる? パパ達のせいで傷ついてるの!?」

「落ち着け、どうした?」

ぽたぽたと落ちる涙をゆっくり拭いて、お義兄ちゃんを見上げた。


「――ママ達、離婚しないって。お義兄ちゃんのパパ、お義兄ちゃんが電話に出ないって泣いてたよ」

だから、早く!


「あの人、追いかけて! 早く追いかけなきゃ、もう一生会えないよ。だって、お義兄ちゃんが好きだから姿を消すんだから!」
私がわぁわぁ、めそめそ、大泣きすると、お義兄ちゃんの顔はどんどん無表情になっていく。

そして、頭をポンポン優しく叩くと、軽く舌打ちをして、家を飛び出した。


そのまま、浜辺へと雪と共に消えていく。


既に、雪は消えていたけれど。

窓辺からでもはっきり見えた。
強く、強く、抱き合う2人を。


強く、強く、求め合って、傷ついている2人、を。




彼女が、本当に人魚なのかは結局分からないままだけれど。


2人の気持ちは、疑いようがなかった。



「あのね、ママとパパはね、私の受験する高校について毎晩ケンカしてたんだって」

『なんだ、それ』


「パパはね、悪い虫がつかないように、女子校が良いって譲らなくて。ママは、ちょっと遠いけど可愛いブレザーの制服の高校が良いって譲らなくて」
『――ふざけんなよ。くそじじい達に変われよ』


「あ、2人は今、仲直りに旅行行ってるよ。私、来年受験だったんだねー」

『……お前』

脱力しきったお義兄ちゃんの声の近くで、クスクス笑う声がした。
綺麗で、透き通るような声。

私も、それが嬉しくて笑ってしまった。



「私も、高校に入ったら今度こそ、彼氏作ろーっと」

『いやいやいやいや、ま、まだ早い早い』

慌てて口調を強めるお義兄ちゃんは、パパそっくりで笑ってしまう。



「何を言いますか! お義兄ちゃん達はその頃には既に互いに想い合っていたくせに!」



そう言うと、お義兄ちゃんたちも優しく笑った。


Fin