初めて彼氏ができた日、帰り道の歩道橋に虹が架かっていた。
電車に乗ると、結婚式場からウエディングドレスを着た綺麗な新婦が、新郎にエスコートされて幸せそうに階段を降りていたのが見えた。
高校の登下校で毎日見ていた風景が、彼氏ができたと言うだけで幸せでふわふわしたお花が舞うような煌びやかな道に変わった。
スキップして帰りたいぐらい幸せだった。
電車に揺れながらにやける顔を押さえていると、早速メッセージの通知が来た。
『家に帰ったら、返信して。電話しようよ』
「ひええ。なんか文字まで格好良く見える!」
 先輩だけ文字の筆記体が違うように見えてしまうから不思議。

 私に『じゃあ、俺と付き合って』と真っ赤になりながら告白してくれた人は、私の一つ上のサッカー部の伊里上 光敏先輩。名前がちょっと和風なところも格好いいし、日に焼けた小麦色の肌に部活のせいで痛んだっていう茶色の色素の薄い髪もさらさらだし、笑顔が可愛いし、なのにサッカーは誰よりもうまくて格好いい。


 高校に入ってすぐ、部活紹介の時に四人抜きでゴールして見せた姿も格好良かった。
 気になっていたけれど、対する私は中学の時は部活一色で色恋沙汰には全く免疫がなかったし目の保養ぐらい関りはなかった。
 丸埜 美紗 バレー部部長と恐れられたのは中学校までの話だ。
 バレー部の部長をしていたときはやる気がない後輩を大声で注意して男子には『こええ』と陰で恐れられていたらしい。それにボーイッシュなショートカットでお猿さんみたいで167センチあったから男の子に間違われることは多々あった。

 が、受験が始まると友達が、彼氏と同じ高校に行こうと一緒に勉強していたり、勉強の合間にクリスマスやらチョコのレシピを調べてたり、一緒に初詣行ってたり。
 部活にしか興味がなかった私は完全に取り残されていた。
 勉強ばかりの寂しい中学三年の冬、私は誓ったのだ。
 受験に合格したら、私も皆のように誰かを好きになって恋をしたいと。
彼氏がほしいと。

 高校に合格したとき、お猿さんみたいだった天パの髪に縮毛ストレートパーマをかけ、友達に教えてもらった安いネイルサロンで学割を使い爪を磨いてもらい、可愛いスカートを買い、皆と自分の唇に合うルージュを買い、小顔効果のある顔のマッサージを試し、化粧水を寝る前に顔に振りかけた。

 その努力が実ったのか、高校に入学すると誰も私をお猿さんとは言わなくなったし、友達と話していて男子たちから怖がられることもなくなった。
 男女のライングループで夜遅くまで話して、たまにカラオケやボーリングに行ってそこそこ青春を謳歌していた。
 だが、皆みたいに地上から数センチ浮くぐらいふわふわした恋とはまだ出会っていなかった。
 先輩に話しかけられるまでは、だけど。

「そういえば、美紗ってサッカー部の光敏先輩のこと格好いいって言ってなかった?」
「あ、四人抜きの人!? めっちゃ格好いい!」

 放課後、男友達がかき氷をおごってくれるというので皆で待っていたとき、友達の円加がにやりと笑ってささやいてきた。
「あの先輩、ちょっと前に彼女と別れて現在、フリーってよ」
「ええ! あんなイケメンがフリー!? あ、でもまあ、誰でも言い分けないよね。あの人ぐらいなら読モぐらいの美人じゃないと無理だし」
 必死で枝毛がないか髪を弄っているレベルの私では無理に決まっている。
「そんなことないよ。先輩の元カノ、あんま可愛くないって男子たちが言ってたもん」
「うっそ。あ、美人は三日で飽きる? 私だったら変顔300はできそうだから間が持つ?」
 鏡を取り出してゴリラの顔、七変化をしてみたら、鏡の向こうでドアの前でおなかを抱えて笑っている人が見えた。
「・・・・・・嘘!」
「ごめ、後輩たちから呼び出されて・・・・・・ぷぷ」
 私のゴリラ七変化を見て笑っているのは、紛れもない光敏先輩だ。
 私が格好いいと言って、授業の移動で見つけると目の保養って言っていた本人だ。
 円加を見ると、荷物を全部鞄に入れて反対のドアから出て行こうとしている。
 ここでようやくかき氷をおごってくれるって話は嘘で、皆で仕組んで彼と合わせてくれたのだと知った。
 知っていたら持ちネタの変顔なんてしなかった。化粧して決め顔で窓辺で微笑んでいた。
「名前」
「へ?」
「名前なんて言うの」
「丸埜美紗です」
「名前も可愛い」
そうそう。よく名前は可愛いって言われるの、名前はって・・・・・・。
「可愛い子が恥ずかしがらずに変顔するのって可愛いね」

文章中に可愛いって言葉が二つも出た!?
「せ、先輩って目が悪いですか?」
「ううん。2,0」
「パーフェクト」
 でも頭の中にはてなマークが浮かぶ。じゃあなんで?
 私は可愛いとはほど遠い『高校デビューを全力で頑張っているゴリラ七変化』だと思うのだけど。
「かき氷食べに行くんでしょ。行こう」
「ええええええ! 先輩と? 超行きたいです」
「早く行かないと、あそこ19時で終わるよ」
 不思議そうに首をかしげる先輩、無防備で可愛い。
 こう、首にかみつきたくなる甘い匂いが漂っている気がする。
 気のせいかな。木から垂れる蜜に吸い寄せられる私はまるでカブトムシ(aiko)
「ほら、あいつらも校門で待ってる」
「あいつら」
 窓から見ると、皆が校門前でしゃべっている。
 なんだあ。二人っきりじゃないのか。だったら全然いい。行く。行きまくる。
「行きます。私、頭がつーんってならない食べ方得意なのです」
「へえ、そんなのあるんだ。じゃあ楽しみにしてるね」
 先輩は私のくだらない話に笑ってくれるから、ついついたくさん話してしまう。
 なんだろう。私に華がないせいか、先輩から華が舞っている。
 格好いいのに笑うと、そこいらの女子より可愛い。守りたくなるゴリラ七変化だ。
 結局、皆でかき氷を食べ、その間にラインの交換に成功し、なおかつ隣の席をキープしてしまっていた。

「先輩、美紗って今まで彼氏がいたことないんですよ」
「ぐあ、ば、ばかああ」
 女子力0だとばらさないでほしかった。
 まあ痛々しいぐらい頑張ってるのを見れば一目瞭然か。
「そうなの? こんなに可愛いのに」
「いえ。中学から全然猿みたいで」
「猿も可愛いじゃん」

猿も可愛いじゃん!?
今の言葉、全国の猿に聞こえていたら全方位から先輩に集まってくるじゃん。
私と猿の先輩戦争始まるから今のは私が全部吸い込んでおこう。

「ふふ。美紗って面白いね」
 いきなり呼び捨てに、今なら全方位の猿を倒せそう。
「ありがとうございます。でも面白いから先の感情ってもたれないから、淑やかで可愛い女の子になってみたいです」
「そのままで可愛いのに」
それは先輩だ。どうしたの? 私、かき氷が喉に詰まって死ぬの?
なんでこんな夢みたいな、私が考えた最強の先輩みたいな物体が目の前で可愛いこと言ってるの。
 どうしたらいいの。
「かき氷が喉に詰まって死ぬかも」
「えええ!?」
 ちょっと驚きつつも私の真っ赤になった顔を見て、顔が破綻した。
「ほんとだ。かき氷で溶けそうなほど真っ赤」
 冷たい器を頬に当てられた。私はその瞬間消えてしまえばよかったのに。
幸せなまま死んだら天国に行けそうだった。

 それから先輩と男友達、仲良しの女友達と土日はグループで遊ぶことが増えた。
 手を伸ばしても届かないようなイケメンの先輩と毎週同じ空気が吸えることはご褒美以外の何物でもない。私はラッキーガールだった。

「今日は皆で水族館かあ。今月はちょっと厳しいなあ。バイトしたいけど」
バイトしたら先輩と遊べなくなっちゃうかも。それは寂しいなあ。
ポニーテールに、筋肉がっしりの太い足を隠すためにロングスカートのワンピース。奮発して買ったお花でデコッた可愛いサンダル。
「美沙」
「先輩!」

待ち合わせの駅前で、一番に立っていたのは先輩だった。私に手を振っている。動画にとって一生見ていたい。

「おはようございます。先輩早いですね、一番ですよ」
 いつもなら私たち女友達が早くて、男子を待つことが多いのに。
「うん。誰も来ないからね」
「……え?」
「今日は二人だよ。嫌だった?」
 微笑みながら首をかしげてきて、私は思わず見とれた。
が、首をぶんぶん横に振った。二人きり?
そういえばグループ通知じゃなくて、昨日の夜、先輩から待ち合わせ場所の変更メッセージが来たんだった。


「水族館のカップル割引のチケット一枚しかなくてさ。いこ」
 すでに二人分のチケットを買って待っていてくれていたらしく、水族館までのチケットを渡された。
「あの、カップル割って、その」
「美沙の初めての彼氏になりたいかなって思ったんだけど、駄目だった?」
 初めての、彼氏……。
「そりゃあ初めてだから慎重になるよね。とりあえず今日はカップルのつもりでデートしてから考えようよ」
「か、彼女になりたい! 先輩の彼女になりたいっ」
 私みたいな、お猿さんでいいなら。
 彼女になれるなら、全国の猿と戦ってもいい。
「じゃあ、俺と付き合って」
 真っ赤な先輩。耳まで真っ赤になっていくのが、本気で私に告白してくれたんだって思って嬉しかった。
 グループで遊んでいても、先輩の声だけは一番聞こえちゃうし話すとドキドキしちゃうし、好きで好きで、どうしたらいいか分からなかった。
「良かった。じゃあ、よろしくお願いします」
 手を差し出され握手したら笑われた。そしてスマートに恋人つなぎに返られ、デート中ずっと手をつないでいたんだ。

初めて彼氏ができた日、帰り道の歩道橋に虹が架かっていた。
電車に乗ると、結婚式場からウエディングドレスを着た綺麗な新婦が、新郎にエスコートされて幸せそうに階段を降りていたのが見えた。
高校の登下校で毎日見ていた風景が、彼氏ができたと言うだけで幸せでふわふわしたお花が舞うような煌びやかな道に変わった。
スキップして帰りたいぐらい幸せだった。
電車に揺れながらにやける顔を押さえていると、早速メッセージの通知が来た。
『家に帰ったら、返信して。電話しようよ』
「ひええ。なんか文字まで格好良く見える!」
 先輩だけ文字の筆記体が違うように見えてしまうから不思議。
 ああ、先輩が大好きだ。




「美沙、これ」
 私と先輩が付き合って一か月。グループ内でも認知されからかわれることも多くなったけど、先輩は平気そうだった。今日も一年の教室に来て、私に小さな紙袋をくれた。

「なにこれ」
「美沙が欲しいって言ってた色付きのリップ。朝一でコンビニに行ったらもう売ってたから」
「うそ。ありがとう! あ、まってお金」
お財布を取り出そうとしていたら「いらないよ」とさっさと二年の校舎へ戻っていった。
「かっこいい」
「それ、新発売じゃん。やったね」
 友達二人に言われ、私も照れてしまう。
 休み時間になったらこのリップを付けて、先輩に一番に会いに行きたい。

 嬉しくて、毎日がはじけ飛んでしまいそうなほどドキドキして、幸せだった。
 幸せだったのに。
 お昼の休み時間、先輩に会いに行こうとトイレでリップを付けていた時だ。
「お、美沙、可愛いじゃん」
「新作のリップ、発色いいね。私も色違い買おうかな」
 お猿さんってずっとコンプレックスだったけど、やっぱちょっとはあか抜けてきたのかな。自分では分からないけど、先輩のおかげで女の子らしくなってきたってことかな。
 ほら、恋すると女の子って綺麗になっていくってやつ、あれかな・
「光敏ってやっぱブスが好きよね」

――は?
「わかる。イケメンってブス専なのかな。てか、元カノはまじでどこがいいのか分からんかったよね」

――元カノ?

「まあ元カノに比べたら、今の一年の方が可愛いじゃん。ブスの背比べだけど」

――ブス?

入って来ようとしていた女子二人は、私と友達が洗面台を占領しているのを見て「やべえ」と入ってこなかった。
願わくは、違うトイレに行く前に間に合いませんように。


「ねえ、先輩の元カノって知ってる?」
「あっと、うん、まあ」
「可愛くないの?」
私の質問に、二人は目を合わせて沈黙した。
「なんで別れたの?」
 二人は沈黙したまま下を向いた。つまり私以外は知っていたんだ。私だけ知らされていなかった。

「あいつらに聞いてくる」
「美沙、あのね、その……あまりに彼女が自分のことを卑下するから先輩が毎日慰めても、ずっとうじうじしてたから、あいつらも先輩が見ていてかわいそうだったって」
「でも今、幸せそうだよなって。だから、元カノなんて気にしなくていいと思うよ」
 しどろもどろに慰められたけど、全然嬉しくなかった。
 私、やっぱりブスだったんだ。それが、ショックが大きい。
 努力しても、ブスの原石はブスのまま。現実を突きつけられた。

 昼休みは、ブスはリップを付けただけで先輩に会いに行けなかった。



「ほら、美沙は可愛いってば」
「そうだよ。考えすぎないでよ」
 高校で仲良くなった二人は、化粧慣れしていて綺麗で、しかも人の悪口を言わないあたりが好きで私から話しかけた。染めてないのに茶色い髪に小さな顔に大きな瞳。
 そんな可愛い二人に言われても、お猿がルージュを付けたぐらいの私は敵わない。

「前向きで明るいとこが美沙のいいとこだからさ、はやく先輩に会って回復しちゃいなよ」
 最後まで私のことを心配してくれる、本当に優しい友達だった。
 今日は一人で先輩の部活を終わるのを待つ。

 ぐるぐるして苦しいよ。どうして、他人のことをブスだの言うの。
高校に入って悪口を言わない友達ばかりだったので『ブスの背比べ』なんて言われて、即死ダメージに近かったよ。

空き教室で一人待つ私。胸ポケットに入れた鏡を開けたら、確かにぶっさいくな顔で睨んでくるお猿さんが映っていた。





『校門で待ってるよ、美沙』
一時間ぐらいぼーっとしていた私は、長い影が伸びる廊下に飛び出て先輩に会いに重い足を動かした。
会いたいのに会いたくない。顔を見たいのに顔を見られたくない。
ぐるぐるして苦しかった。

「光敏くんの彼女、可愛い人だね」

――え?

校門で立っている先輩に、ショートカットの体操服姿の女子が話しかけていた。

「それに光敏くん、毎日笑えるようになった。……ごめんね、私はいつもうじうじしてて。光敏くんにふさわしくないブスだし。あの子の方が幸せそうだよ」

「……そんな考え方やめなよ。俺は君のことを今までもこれからもブスだとは思わないよ。でも俺が何を言っても変わらなかった。ただそれだけじゃん」

 先輩は辛そうだった。目も合わせずに言葉を投げつけるとくるりと後ろを向いた。
 そして下駄箱で呆然と立ち尽くしている私と目が合ったんだ。

「美沙」
「あ、……彼女さん」

 すぐに分かった。先輩の元カノが体育館の方へ走っていく。
 ショートカットで鼻の周りはそばかすだらけで、化粧なんて絶対していない。眉だって整えてないし、化粧水を肌につけていない。ガサガサで男みたい。
 一年前のお猿さんだった私みたい。

ブスだ。劣等感だらけの一年前の私みたいなブスだった。

「嫌だ!」
「美沙っ」

先輩を避けて走る。元スポーツ少女だ。走りには自信があったから走ったのに。

電車が通る線路の下、現役サッカー部のキャプテンに簡単に捕まってしまっていた。

荒い息が、ちょうど走ってきた電車の音でかき消され、通過していったあと、静寂の中私と先輩はにらみ合っていた。

「美沙、どうして逃げるんだ」
「信じられない。先輩なんて嫌い。酷い、嫌い」
 両目から滝のように涙がこぼれた。掴まれた手を離してほしくて暴れた。
それなのに先輩は離さなかった。

「どうして?」
「私は綺麗になりたかった!」
ずるずるとその場に座り込んでしまう。手だけは掴まれたまま、先輩の方へ伸びている。

「高校に入ってお化粧を頑張ったの! 髪だってストパにしたし、お肌のお手入れもしたのに! 可愛くなりたいって。――先輩と付き合えて、可愛くなってきたのかなってもしかして少しは可愛くなってきたのかなって。でも私、ブスじゃん。最低」
「美沙はブスじゃないよ。俺は可愛いと思う」
「ブスだよ! さっきの先輩を見て思ったの! 私、ブスだった。心までブスだったの」

 うわあああんと泣き出すと、先輩はしゃがんで私の顔を困った様子で見た。

「先輩の元カノをブスだって思ってしまったの。あの人はスポーツ頑張ってる。ちゃんと手入れしたらちゃんと可愛い人なのに、何も努力してないブスじゃんって。ブスのくせにブスだって――こんな考え方する私、世界一性格の悪いブスじゃん」

 なんで先輩の元カノを見て、ブスだなんて思ったの。
自分だって一年前まであのままだった。今だって、表面を誤魔化してもブスだ。
どんなに取り繕ったって性格の悪いブスはブスなんだよ。


先輩が一時期でも好きになった人なのに。
どうして私はこんな下劣で最低な感想しか言えないんだよ。
「先輩が大切にしていた人に失礼だ。私はあの人より、ブスだよ。心が腐ってる。きっと、先輩に恋してる自分が好きだったんだ。恋してる自分に酔ってた。ブスすぎる」

 こんな自分を暴いてしまう恋とは恐ろしいもの。
 こんな自分を暴いてしまった先輩なんて大嫌いだ。
 先輩を好きになると、自分のブスな性格が吐露されちゃうんだもの。

「そんなことないでしょ。自分の嫌な部分が見えて、それが悪いって気づいている美沙は優しくていい子だよ。卑怯じゃないよ」

 ぽんぽんと頭を撫でられて、顔を上げた。

「確かにさっきの子は元カノだけど、部活ばっかで一緒に帰ったのも二回ぐらい。告白してくれて嬉しかったから付き合ったのに部活があるからって約束は守ってもらえなかったし会えてもいつもきまって言うのは『ブスでごめん』だった。どうしていいか分からず苦しくなって別れたよ。最初から最後まで他人みたいで付き合った感はなかった」

だから俺も次は自分で探して自分から告白したいって思ったんだって、溜息を吐かれた。
そして私の鼻をつまむと、むぎゅっと引っ張ってきた。
「痛いっ」
「去年の中学の中体連。チームメイトのために鬼のように叫び、誰よりも動き、誰よりも泣いていたお猿さんみたいな美沙を見て、可愛いなって思ってた」
「うそ」
「その子が高校になって、女の子らしくなって、俺の言動に毎回真っ赤になってくれて、――好きにならない方が無理だって」


信じられない。でも摘ままれた鼻が痛いので夢ではないようだ。
それに目の前の先輩が怒って顎が渋い。梅干しみたいな顎になってる。

「それなのに、俺を嫌いだあああ?」
「ご、ごめんなさあああい。だって、先輩の前だと、こんな、こんな性格ブスになっちゃうんだもん。私も、私もいやだよおおおお」

どうしたらいいの、と大声で泣いてしまった。

「うん。俺も分かる。美沙が俺のこと、格好いいって言うからちょっと頑張ってる。嫌われたくないから決め顔ばっかしてる気がするよ」

クスクスと笑う先輩に、今度は心から「ごめんなさい」と言った。
先輩が嫌いじゃないね。私が悪かった。

「だーめ。俺、怒ってるし」
「えええ、イケメンで優しい先輩、ごめんなさい」
「どうしよっかなー」

立ち上がった先輩が駅の方へ歩いていく。
急いで走って追いつくけど、こっちを向いてくれない。


「ううう。ごめんなさい、もう馬鹿なこと思わないし。先輩を信じるしい」
 背中の服を掴むと、クスクス笑って幸せそうに振り返った。

「じゃあ、仲直りにキスしていい?」
「ええ……っ」
 驚いたけれど、私は頬が熱くなる中、頑張って頷いた。

また私と先輩の上を電車が通過したけど、通過し終えるまで私たちはずっと口を重ねて、終わった後互いの顔を見て笑い合った。

先輩がくれた色付きリップがちょっとだけ唇に移っていて、それを鏡を渡して指摘したら先輩は真っ赤になった。

ああ、私はこの人を好きになってよかったと。
二度と馬鹿なこと思わないように、もっと先輩を好きな気持ちを大切にしようって思えた。

大好きな先輩と手をつないで帰りながら、そう思った。