僕は愛瀬紫苑。
なぜこの名前なのかというと、九月九日の誕生花が“紫苑”だから。
自分の親はなんて単純なんだと、何度も思ったことがある。
ある時ふと思い立って“紫苑”の花言葉を調べてみた。
すると、『遠くにある人を思う』や『追憶』などの悲しい意味が目立った。
やっぱり、僕の“病気”のことが生まれる前から分かっていたから、こういう意味の花の名を付けたのかと悲しくなり悔しかった。
でも他のサイトによると、どうやら色ごとにも違う意味があるらしい。
紫色は『時が経つのにつれて』。
これは、“純粋な愛や一途な愛”、“とても深い愛”を表しているそう。
白色は『どこまでも清く』。
純白のシオンの美しさは“純粋無垢な心”を連想させるから、この花言葉が付けられたそうだ。
こういう意味があるなら、なんか良い気もしてきた…。
次の日、本当の意味が気になりすぎて居ても立っても居られなくなって母親に聞いてみた。
「ねえ、なんで僕の名前は紫苑なの?」
「“純粋無垢な心の持ち主であってほしい”っていうのとね、“何があっても皆んなの心の中で生きていてほしい”、“みんなに愛されてほしい”って意味があるの。」
何があってもか…。みんなに愛されてほしいか…。僕のこと、親以外に愛してくれている人なんているのかな…。
僕は生まれた時から“心臓”という名の時限爆弾を抱えている。
小さな頃はよく分からなかったが、今は嫌なほど分かる。
いつ爆発してもおかしくないんだって。
誰にもわからない痛みだけど、だからこそ僕だけが知っている“今”の重みがある。
時々、胸の奥で小さな針がちくりと刺す。
それが合図のようで、そんな時に思うんだ。
僕はいつ死んでもおかしくないんだ…。って。
だから、“今”を大切に過ごしている。僕は一層“今”を噛みしめたくなる。
そんな僕は、久しぶりに一時帰宅が許された。
だから、僕は大好きな場所に行くことにした。
“見晴らし台”は景色が良くて空気も澄んでいてとっても良い。
それに、“生きてる”って感じがする。

