シオン─貴方が心に灯してくれた光の花─

そしてある日の朝、私は起き上がれなくなった。


脳は起きているのに、体が動かなかった。


まるで、ベッドに接着剤で付けられているかの様に動けなかった。


そしてようやく体が動き、起きあがろうとすると世界がグルッと一回転した。


またベッドへと引き返されたのだった。


「まいか!!早く起きないと学校に遅刻するよ!!」


母親の声が遠くから微かに聞こえてきた。

左耳が山の上にいる時みたいに詰まっていて、時折、キーンと耳鳴りがした。


「ほら、起きなさい…!もう、いい加減遅刻するから!起きなさい…!!」


何て言い表せば良いのか分からない……


目の前は引っ切りなしにグルグル回っていて、感覚的にはふわふわしていて足に力が入らなかった……。


“無理だ…立てない……”


そう思った瞬間、床に身体を思いっきり叩き付けられた。


「ちょっと、まいか!?大丈夫!?頭打ってない?」

「だいじょぶだよ…」

「そっか…今日は学校お休みしようね。」


この一言を聞いた時、正直とても嬉しかった。


「…お熱はなさそうだね?どこか痛いとこある??」


母にそう聞かれた。

ただこのことを言ったら、また母親を泣かせてしまうのではないかと不安で仕方なかったし、怖かった。途轍もなく怖かった…。
でも、仮病だと思われたら演技だとも思われて学校に行かされてしまう。だから言う他なかった。


「……耳がね、キーンってしててすごく痛い。グルグル…?ふわふわする…。」

「めまいがするの…?耳が痛いなら、耳鼻科に行かないとだね…。」


母がすぐに掛かりつけの耳鼻科に連れて行ってくれた。


受付後すぐに聴力検査室に呼ばれた。


検査が終わると、診察室でいつもは優しい先生が険しい顔をして結果を見ていた。


「…結果から言うと、突発性難聴だね。ストレス性だと思うんだけど、何かあった?」

「…何もないと思います…(笑)」


また私の悪いくせが出た…。

たくさんあるでしょ……。

母は何か勘付いた顔をした。それでも、何も言わずに俯いていた。


「そっかぁ…とりあえず、この結果を見てほしいんだけど、まいかちゃんは左耳が50dBでも聞こえていないんだよね…特に低音。この数値だと、補聴器を勧めないといけないんだけど、嫌だよね??」

「嫌です…。」

「うん、それで良いよ。めまいがあるようだから、飲み薬を処方しておくね。それで、また検査をしたいから明後日もお母さんと来てくれる?」

「はい…。」


私は片耳の聴力を失った。

何があっても両親には言わなかった。


この後もクラス替えになるまで“いじめ”を耐え抜いた。

耐え抜いたと言うより、耳がおかしくなってからは何も感じなくなった。だって都合よく何も聞こえなかったから。

そしてしばらくして、私の左耳は少しだけ聴力が戻った。


普通は完治するらしい。


でも、私は違った。


今でも私の片耳は壊れたスピーカーのように低音を再生するのだ。だから頭に響く。

低音じゃなくても、高音も同じように再生する。

音楽が好きだったはずなのに、今は苦手…。


そして、音がしていることは認識できても言葉として認識できないことが増えた。

だから聞き返してしまう…何度も何度も……。
そして、終いには呆れられて見放される。

こうしてどんどん友達が私の周りからいなくなっていくのだ…。そして、いずれは孤立する。


悔しい。途轍もなく悔しい。


だから私は自分の耳が嫌い。他人(ひと)が憎い。






何で私ばっかりこんな思いをしないといけないの?