「潰すってどうやって?西園寺にも無理だったんだぞ」
いくらか冷静になった天真がようやく信号が青になって走り出した車の中、前を向いて淡々と聞いてくる。
「簡単よ、私が囮になる。西園寺刑事さんは現行犯なら逮捕検挙できるって言ってた」
「そんな危険なことさせられるわけないだろ!!」
天真の心の動揺が現れたのか一瞬スピードがギュンと上がってシートに背を押し付けられた。
「誰が一人で、って言った?」と私が口元に笑みを浮かべると
「もしかして俺にも手伝えって?」
「いいじゃない。結婚後の家事分担の予行演習だと思えば」私はわざと明るく笑うと
「けど、彩未。お前どれだけ危険なことか分かってるのか」
「分かってるよ。でも私は一人じゃない。天真もいるし、西園寺刑事さんもいる」
「でも…」
と尚も渋る天真に
「あー!面倒くさい」
と怒鳴った。
「め、面倒くさい!?」と天真が車を走らせながらちらりとこちらを向く。
「面倒くさいよ!どうして私、こんな男好きになっちゃったんだろ!よく得体が知れないし、考えてることまるで分からないし、てきとーだし、いつもボサボサ髪のよれよれ服を着てたと思ったらキメるとききちっとキメるし。
でもいつも私のこと考えてくれる。
いつも私のこと守ってくれる。
宝もののように慈しんでくれる。
好きなんだよ、天真のことが!
だからちょっとでも心の中にある千尋さんのことが憎かった。
でも間違いだった。
憎むべきは”A”でしょ!」
一気に言い切ると自分が肩で息をしていることに気づいた。
こんな風に怒鳴ったのって初めて。
もう言ってることぐちゃぐちゃ。自己嫌悪で顔を覆っていると、何回目かの赤信号で車は停まった。
「ホント、面倒くさい女」
天真の低い声を聞いて覆った手を退けると
天真の大きな両手が私の両頬を包み、予想のしていないキスが落ちてきた。
「天……」彼の名前さえ呼ぶ暇もなく激しく口づけされ息継ぎさえ困難だ。こんな激しいキス初めて。いつだって天真とキスをするとき彼は私の唇を宝物のように扱っていたくれたのに、まるで飢えた獣のようなバードキスに息継ぎすら忘れるぐらい。
「ちょっ…!」天真の厚い胸板を叩いても天真の唇は離れていこうとしない。
諦めて天真に全てを委ねようとしていると
「彩未、お前のことすっげぇ好き。だから危険な目に遭わせたくない。
ってのが本心だけど
”A”をぶっ潰したいってのも俺の本心」
天真―――
「作戦を立てよう。それもかなり綿密に。今度こそ俺は愛する女を守ってみせる。俺と、彩未――――二人で」
「うん、二人ならどこへだって飛んでいけるよ」
私はぎゅっと天真の背中を抱きしめた。
私が天真のもう一つの翼になる。



