「ホントのことですよ。でもこう、心の中にもやもやが……きっとフられたって言う千尋さんの存在が大きくて、天真もまだ忘れられないって感じがして」
「千尋??」
由佳が首をかしげる。
「麻生さん、その名前誰から聞いたの?」と西園寺刑事さんの目が険しくなってきらりと光った気がした。
何だか怖くなって
「ほ、本人から…」と素直に言うと
「はぁ…あいつも何を考えてるんだか」と西園寺刑事さんが額に手を置いた。
「西園寺刑事さんも知ってる人ですか?そ、そんなに酷いフられ方したんですか?」
「知ってるも何も僕と天真と千尋は小学校からの幼馴染でね」
え、幼馴染……
「何で……フられちゃったんですか?」
できれば本人の口から聞きたかったことだし、本心を言えば聞きたくないことだけど、ちゃんと向き合わなきゃ。
「ええ、永遠にね。
死んだんですよ。五年前」
え――――?
亡くなって―――る?しかも五年前。
私は目を開いた。思わず由佳の顔を見ると由佳も目をしきりに目をまばたいていた。
「千尋は昔から頭が良くてね、二人は元々同じ病院で働いていたんですよ。千尋は脳神経外科、天真は産婦人科。院内でも隠してる感じではなく公然としていて、周りからはお似合いのカップルって噂されてた」
何で―――?
事故?病気?
「二人の結婚が決まって式場探しなんてしてるときにね、千尋が”A”に誘われたんですよ」
え―――?それって由佳と似てる……
私と由佳は思わず顔を合わせた。
「後は想像できるでしょう?千尋はそこで男たちに乱暴されて誰だか分からない子供を妊娠して、それを苦に
自殺を―――
ちょうど雨が降っていたから血痕など流されて難航した。遺書などは残されてなかったが状況を考えると自殺かと」
そんな――――!
私は口を両手で覆った。
「事故か自殺か、或いは事件の可能性も考えて我々はあらゆる捜査をした。千尋は職場でも人気者で若くして腕の良い脳神経外科医だったからね、たまに付属の大学の講師等をしていて、当時の生徒や講師仲間から隅々まで調べ尽くしましたが、それらしい怨恨や、また”A”との繋がりも出てこなかった」
西園寺刑事さんは項垂れた。それは彼の無念さを物語っていた。この人も大切な人を失ったまた一人だ。”無念”と一言では片付けられないだろう。
「そのこと天真は……」私が眉を寄せて聞くと
「同じ病院内で働いていたわけだからね、当然捜査情報はある程度知っていたに違いない。それに同じ病院だからこそ千尋が誰かに恨まれるような人間じゃないこと、あいつが一番知ってたんじゃないかな。でも同じ職場だったからこそあいつ居づらかったに違いない。あの病院で千尋との想い出が多すぎた。だからそれから街の産婦人科に」
これで―――繋がった。
天真が何故大病院の副理事長としてあの総合病院ではなく藤堂産婦人科にこだわったのか。
何故、あの写真を大事にしていたのか。
あの写真は天真にとって永遠の千尋さんの遺影だったんだ。
ただ未練がましく飾ってあったと思っていた自分を恥じる。



