忘れないため―――
そう言えば私たちがそう言う関係になったのも雨の日だったな。ただの偶然―――にしちゃ何だか心の中がそわそわと落ち着かない。
『運命』と片付けてしまえばそれでおしまいな気がするけれど、それ以上強い感情を感じる。
忘れないため―――には何の意味があるのだろう。
タバコの味を?意味が分からず、洗濯物を畳んでいた手を止めると
「なぁ」
じっと外を見てサラサラと降る音か、またはアスファルトに打ち付ける雨の音かに耳を傾けていた天真がこちらを振り返って、タバコを口から引き抜くと
「俺たち結婚しないか」
は―――?
「なぁに言っちゃってるの天真。珍しく強いお酒飲んでもう酔っ払った?」と笑って誤魔化したが、私は気づいていた。天真が酔いに任せてそんなこと言ったんじゃないって。それぐらい真剣だった。
「あ、分かった。私を家政婦扱いしようとしてるんでしょー、その手に乗らないんだから」べーと舌を出してわざとチャラけてみせると
「ちげぇよ。俺がいつ家事を彩未に強要したってんだ。疲れたんならいつでも休んでいいって言ったろ」
そ、そうだけど……
「て、天真ってサ、私のこと好きなの?」どこが?と聞きたかったが、それより早く
「彩未に惚れてる。誰にも渡したくない」
と言われた。
え――――?
顔が一瞬にして熱くなるのが分かった。そ、そんなにストレートに誰かに言われたことないよ。
生まれて初めて聞く強烈過ぎる愛の告白に、心臓が追い付かない。
「彩未は―――?俺のこと好き?」
「そりゃ天真はすっごく優しいけど……」何て答えていいのか分からず思わず言葉が濁る。
「好きかどうか聞いてる」とまた天真が真剣に聞いてくる。
好き
その感情はもうずっと前に芽生えていた。でもその感情に蓋をしていたのは、私の気持ちだけが暴走して天真を困らせるだけだと思ってたから。
その気持ちが天真に伝わるときっと天真、困るだけだよ。
でも先に天真の方が言ってくれたから弊害はない。
でも――――何か引っかかる。
ここが。
私は自分の心臓ら辺を押さえた。
「そりゃ私も29だし結婚したいし、藤堂総合病院の副理事長って言う立場はおいしいかもしれないけど」私はわざとらしく言い訳を連ねた。別に天真が藤堂総合病院の副理事長じゃなくても、好きには変わりないし結婚のメリットとしてあまり考えていなかった。
「でも急過ぎて追い付かないよ。だって結婚したら一生ずっと一緒ってことでしょ?私たち出会ってまだ二か月程でしょう?」
本心だった。
これ以上にない程嬉しい筈が、これ以上にないぐらいもやもやと心の中をくすぶっている。
「じゃぁ待つ」
天真は窓枠から腰を上げ
「お前の決心がつくまで俺、いつまでも待つから」
と頭をぽんぽんと叩いて天真は今度はダイニングに行ってしまった。
待つって―――……
いつまで?
「いつか私もおばあちゃんになっちゃうよ。それまで待てる?」わざとチャラけて言うと
「お前がばあさんになろうが、俺がじじいになろうが待つもんは待つ」
天真―――真剣なんだ。



