「お話中ごめんなさぁい、ちょっとお化粧直しに」と浮気女が通りかかって、シャキっ!天真は慌てて立ち上がると襟元を正した。
「ちょうど良かった、私もお化粧直しを」と天真にウィンクして女性用トイレに入ると、まだ何か言いたそうにしていた天真が手をわなわなとさせてこちらに向けていたが私はそれににっこり微笑みを返し、トイレへと入った。
流石の天真も女性用トイレまで入ってこられまい。
女性用トイレは広かった。ゆったりとした個室が二つ。洗面所もきれいに磨いてある。二つある手洗い場の奥で浮気女が口紅を引いている最中だった。
「ついでだから私もお化粧直しに」と天真が買ってくれた小ぶりの某高級ブランドのバッグからこれまた同じブランドの化粧ポーチを取り出すと、浮気女の視線がまるで値踏みをするようにさっと上下した。
「それ、新作の……まだ日本に数点しか入ってないって言う…」
「ああ、これ?彼が買ってくれたの。私はいいっていったんだけどどうしても買ってやりたいって」とふふんと言ってやると、浮気女は歯ぎしりをしそうな勢いで私を睨んできた。
「あなただって知坂から色々買ってもらったでしょう?二人の”お付き合い”はどれぐらい?」流し目で聞くと
「……二年…」と浮気女は素直に白状した。白状した、と言うより私に何か勝てる要素を探しているようだった。
二年。私たちが付き合いだしてからほぼ浮気してたってことか。
私もバカだな。二年もの間騙されてたなんて。
「あいつは鈍感なうえ、俺の言うこと何でも聞く犬みたいなヤツだって知坂言ってたわよ」ふふん、と浮気女が哀れな何かを見るような目で私を見てきたけれど、私はそれを無表情で受け流した。
「そ、確かにそうだったかもね。まさに都合のいい女。でも付き合ってたのは私だったから、一緒に住んでたのも私。あなたは所詮浮気相手なだけだっただけ。今日だって変わった私の方ばかり見てきて、そういう男なのよあいつは」
そう言ってやると、反撃の言葉もなくいきなり平手打ちが飛んできた。避けることもできたけれど私はそれを受け入れた。
パンっ!と頬を打つ音がトイレ内に響いた。
「何で私がこんな目に遭わなきゃならないのよ。叩きたいのは私の方なのに」私は打たれた頬を手で撫でながら、やはり無表情に浮気女を見た。浮気女は顔を真っ赤にさせて肩を震わせていた。叩かれたのに平気な顔をしている私を見て浮気女は奇妙な何かを見る目で私を見てきた。
「ふ、復讐のつもり!?」
そんな浮気女ににっこり微笑むと、浮気女はびくりと肩を揺らして
「最初にそっちが手を出してきたんだから覚悟しな」
私が浮気女が打ってきた何倍もの力を入れて頬を平手打ちすると
「なっ……!」と涙を浮かべながらトイレを飛び出ていった。



