「その女を離せ」
またも聞いた覚えのある声が聞こえてきて、それが天真のものだと言うことに今回は割と早く気づくことができた。
車の中に強引に入れられそうになっていた由佳が振り返り、それと同時に男たちも振り返った。
運転手と思われる一人の男の襟首を掴むと天真はそれは鮮やかと言えるパンチで男の腹に一発キメ、ぐらついた男に次の一瞬も与えず車の助手席に顔を叩きつけた。その勢いで助手席の扉がべこりと凹む音がした。結構な威力だったと思う。男は小さく呻き声をあげ、ずるずるとその場に崩れ落ちた。さすが格闘家なだけある。その動きは鮮やかで一瞬の隙もない。
「な、何だお前!」
もう一人の男が由佳を乱暴に押し出し、由佳がその反動で地面に倒れた。
「由佳!」由佳の元へ走っていこうとしたが、男が天真めがけて殴り掛かっている。天真はあっさりと……いや実際ものすごいスピードと威力だったろうけどその腕を回し蹴りで払い、男は「痛てぇ!痛てぇよ!」とみっともなく喚いた。
天真が由佳の両肩を抱き、何とか立たせると
「この子の方がよっぽど痛くて辛かった筈だ。いいか、お前らのボスに言っておきな?この子やそっちの女に今後手を出すと命はないと」
とまるで蛇が威嚇するかのように睨むと、男は顔を青くさせて
「な、何だこいつ!!おい!戻るぞ!」と地面に伸びている男を車の中に引きずり込み、車は慌てて立ち去っていった。
「由佳!大丈夫!?」私は天真に支えられた由佳に走り寄ったが、由佳は涙を流しながら
「あ……彩未……先生……血が…」と言って足元に視線を送る。由佳の視線を辿っていくと、由佳のジーンズからスニーカーを辿ってコンクリートの地面に血が伝っていた。見たところ由佳はどこにも怪我を負った様子ではない。
ということは―――
「マズイな、流産かもしれない」といつになく緊迫した声で天真が言い
「ど、どうしよう!天真の病院まで持つ!?」と天真を見上げると天真は真剣な顔で
「俺の病院より藤堂総合病院の方が近いし、器材も腕のいい医者が揃っている。そっちに運んだ方がいい。彩未、救急車だ」
と言われ
「う、うん!」私は慌ててスマホを取り出し119番した。



