私は大した怪我をしていないけれど、足や肘に擦り傷ができていた。

藤堂 天真は私の下敷きになったろうに怪我一つしてないようだった……って言うかいつの間に私こんなところまで歩いてきたんだろう、私は今彼の病院でシャワーを浴びている。藤堂 天真は冷え切った私の体を心配してくれてるだけであって、変な意味はないと踏んだ。

大体、私、由佳みたいにレイプされるほど可愛くないし、例え藤堂 天真が相当悪趣味でももうどうなっても良かった。

藤堂 天真の病院は病院兼、自宅と言った感じで知らなかったけれど二階部分があり、そこで生活をしているみたいだ。

そこには小さな狭いキッチンと小さな冷蔵庫、小さめのダイニングテーブルが収まった狭いダイニングと、バスルームとトイレ、奥に寝室があるようだ。

あまり奥をじろじろと見る気にはなれなかった。何だか変な趣味とか見つけてしまったらどう反応していいか分からない。ここは触れないのが一番だろう。

そしてシャワーから上がった私に藤堂 天真は特に何か手を出してくると言うわけでもなく、細かい傷の手当てをしてくれている。
担当は産婦人科医だと言うのに、やはり医者だからだろうか。手際がいい。

「骨折はしてないみたいだが、明日以降痛みがあったらもっと大きな病院行けよ」と言われ私は無言で頷いた。

「ところでおたく、何であの場所にいたんだ?あの加納って男に家に送ってってもらったんだろ」

「家……追い出されちゃって…」ははは、と笑ったつもりが涙声になっていた。

何で……

何で私この胡散臭い医者にこんな話してるんだろ。

私は知坂と付き合っていて今日は誕生日で楽しみにして帰ったら浮気の現場をはっきりと目撃してしまって、そうのうえ家を追い出されたことを一部始終聞かせていた。

話しているうちに今更ながらどんどん涙が溢れてきて、それを拭うこともせず私は喋り続けた。

変なの。さっき横断報道にいるときは泣きたいとも思ってなかったのに。この男の前では妙に素直になれるっていうか。これが私のむき出しの感情だ。

悲しいし、辛いし、悔しい。

「私の何がいけなかったんだろう。もっと知坂につくしてたら?一言も反論せず従順にしてたら?それでよかったの?」

自分を殺して知坂の人形になればそれで良かったのかな。

これはもう独り言だ。

ポン

突如、藤堂 天真の大きな手が私の頭を優しく叩いて


「そんなつまらない女になるな。あんたは自分が想っている以上にいい女だからな。勿体ない」


え――――……?


涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、藤堂 天真は冷蔵庫をちょっと開いてごそごそ。何をするんだろうと思って様子を窺って言ったら、一枚の皿にシュークリームを乗せて戻ってきた。

「これ、俺の好物。香坂さん…あー前ちょっと説明したか?ここの受付がわざわざ並んで買ってきてくれた、最後の一つ。誕生日ケーキには程遠いけど」

いつになくぶっきらぼうな物言いで私の座っている椅子の足元に膝まづくと


「ハッピーバースデー

麻生 彩未


生まれてきてくれてサンキュ」


藤堂 天真はどこをどうみても胡散臭いし、口と態度は悪いし、全然まだ良く知らないけど

でも知坂が用意してくれたケーキを想像して、そのケーキより藤堂 天真の用意してくれたシュークリームの方がうんと美味しい気がした。

誰かに―――


『生まれてきてくれてありがとう』なんて言われてたの、初めてだよ。