知坂はクローゼットからボストンバッグを取り出すと、その中に数少ない私の私服を詰め込んで

「悪いけど、もうお前とは一緒に居たくない。出てってくれ」と私は何かを言う前にほぼ強引にボストンバッグと共にマンションを放り出された。文字通り
放り出された。

うそ。こんなことって―――ある?

知坂―――最後まで今日が何の日か忘れているみたいだった。

28年……正確に言うと29年間生きてきた中でサイテーの日だよ。やっぱ私に神様なんていなかった。

諦めの良い所が私の長所でもあるのかな。

知坂にあそこまで言われて反論する気すら起こらなかった。

いっつもそうだ。悪いのは私。ブスでバカで何のと取り柄もない私。

どこをどう歩いてきたのだろう。見知らぬ街で街灯が乏しい横断歩道を渡っていると

ポツリ……

暗がりの中、黒に近いアスファルトに水滴が落ちてきた。

ああ、私泣いてるのか―――と思ったが、涙が出た気配はしない。不思議だ。知坂に裏切られたうえあんな酷い仕打ちで追い出されたってのに、今の私涙一滴出てこない。悲しさと混乱から涙腺が壊れちゃったのかな。

けれど水滴は次々と落ちてくる。それも私の頭の上から。

ふらり、と頭を上に向けると雨が降っていた。

雨――――

一体、私はどこまでついてないのだろう。そう言えば今朝のワイドショーで夜に雨が降るって言ってたけど、まさかこんなことになるなんて誰が想像できた?

天候まで私の敵になった気がして憎らし気に空を見上げていると

プップー!と派手にクラクションを鳴らされた。

のろのろと顔を上げると、眩い光が視界を……ううん全世界を覆って見えた。始めて見る眩しい光は天国でも表しているのであろうか。その光にまばたきすらできないでいると

大きなトラックが間近に迫っていることに気づいた。
ああ、ここで死ぬのかな――――それでもいいのかもしれない。生きてる意味なんてもう―――ないよ。

そんなことを考えてるときだった。


「危ない!」


聞き慣れた男の人の声が聞こえてきて、私を力強く抱きよせると、その声と共に私たちは揃って後ろにひっくり返った。

間一髪。トラックには轢かれていないようだが

「あっぶねぇな!気ぃつけろ!」とトラックの窓から野太い声で見知らぬ男の怒声が聞こえてきて

「横断歩道だろうが!歩行者優先だ!」と私の下敷きになった男の人が短気そうに怒鳴り返す。

「ちっ!」トラックの運転手は小さく舌打ちして走り去っていった。

「あの……ありがとう…」ございました、と言う前に

「あっぶねぇな!死にてぇんか!」と今度は私を助けてくれた男が怒鳴り声をあげ

この声――――

暗がりの中互いに顔を確認し合うと


「あれ、おたく。さっきの―――」


藤堂 天真が目をぱちくりさせながら私を見上げていた。