加納くんの軽自動車に揺られて10分程度の場所のファミレスで落ち着くことになった。加納くんは仕事帰りなのだろうかスーツ姿だ。そう言えば加納くんも由佳と同じ会社だった筈。確か交際がはじまったのは三年前の筈だったはず。
お付き合いが始まってすぐに同棲へと変わっていったんだっけ。美男美女でお似合いだ。知坂もかっこいいけど?えへへ、今日だけはちょっと惚気ていいよね。
「で、話って言うのは」
食事は知坂が作ってくれるか、これから移動するかどっちかの筈だから控えて私たちはドリンクバーだけにした。
薄いコーヒーは私のカフェのコーヒーと雲泥の差があったが、その分お値段もリーズナブルだしお代わり自由だし仕方ないよね。
加納くんはメロンソーダのグラスの手前からおずおずと一枚の紙を取り出した。それは以前見た『人工中絶同意書』
「これにサインして欲しいって由佳から言われて……」加納くんの声は震えていた。
由佳―――堕ろすことに決めたんだ。
でも、その方が妥当な意見かも。一応加納くんの可能性もあるけれど限りなく低い。
「あ、”あの”病院で堕ろすの?もっと他の病院当たったら…」あの病院は胡散臭過ぎると思ったがその言葉を呑みこみ提案したが
「もうこれ以上事情を知られたくないんだよ」と加納くんがちょっと声を荒げた。
「そ……そうだよね…」
由佳や加納くんの気持ちを考えず、私ってホントバカ……
加納くんはビジネスバッグからボールペンを取り出すと
「こ……ここにサインすればいいんだよね……」と”パートナー名”と書かれた場所にペンの先を置いた。
私の喉もごくりと鳴った。
由佳が決断したことなら―――もうそれしかない。
「ごめんね、こんなことに付き合わせちゃって……でもどうしても一人だと勇気が出なくて…」加納くんは情けなく笑った。
私は無言で首をゆるゆると振った。私だって加納くんや由佳だったら絶対怖い筈。
しかし加納くんはなかなか署名できなかった。震える手で何度もペンを持ち替えるも、
「ダメだ……やっぱりできない」と顔を覆った。
そう―――だよね。自分の子供の可能性だってゼロパーセントじゃないわけじゃないし。
加納くんも加納くんの中で必死に戦っているんだ。
大好きな由佳のために。
そのときだった。
「自分の女が悩んでるんなら自分で守ってやらないと、誰が守るってんだ」
すぐ背後から声がして、私たちは揃って声の方を振り返った。
この重低音の―――ちょっとくすぐるような甘い声。
振り返った先に、トレードマークの白衣こそ着てなかったけれど安っぽいジャケットとカットソー、相変わらずボサボサ髪の
藤堂 天真が背もたれに両肘を預けこちらを覗いていた。



