今年の冬はどんな素敵な思い出が待っているんだろうと思いを馳せていた、夏の終わりにこの家から見た夕焼けがふと蘇る。
 聖なる夜をみんなで一緒に過ごせるのか、街中が色彩豊かに色づいているのを一緒に見ることができるのか、そんな胸高鳴る未来を思い描いていた時間は無益であった。
 その未来は、どんなに願っても訪れることはないから。
 
 夢を宣言した日以降毎週月曜日欠かさずこの家に来ているが、時間だけが虚しく流れていき、ベンチに座って笑っている彼女の面影が薄ら浮かぶだけだった。
 今日もその面影は、冷たい北風に流されて儚く消える。
 としと心配だから学校まで行ってみるかという話も出ていたのだが、それは彼女たちの迷惑になると判断して断念した。

 「今日もいなかったか」

 物思いに耽ていて、すぐ後ろまで近づいてきていたとしの気配に気づくことができなかった。
 ふみちゃんとの大切な場所ということで、この家を彼に教えてから一緒に来ることはなかったが、ふみちゃんが姿を見せなくなってからは部活が早く終わった日に顔を出すようになっていた。

 「うん、今日もダメだった」

 「こっちも」

 そう言って、としはポケットから携帯を取り出して立花さんとのトーク履歴の画面を僕に見せた。
 彼が送ったメッセージが何件も並び、そのどれにも既読の文字はついていない。
 僕もふみちゃんのことを尋ねようと立花さんにメッセージを送ったが、彼と同様に未読のままである。

 「まあしょうがないな。切り替えてまた一週間頑張りますか!」

 「としは何でそんな元気でいられるの?」

 率直に感じた疑問を、そのまま彼にぶつけてみた。
 としは二人がいなくなった後も持ち前の明るさを崩さずに、目標に向かって惜しみない努力を続けている。
 一方の僕はというと、何に対しても活力が出ずに抜け殻のような状態で、空虚な日々を送っていた。

 「俺はな、自分の人生を他の誰かや置かれた環境のせいにしたくないんだ。確かにふみや由香のことは悲しいし、めちゃくちゃ心配だ。でも、その事と俺の生き方や夢というところは結び付けたらいけないんだ。自分の人生は自分にしか責任が取れないんだから」

 彼の言葉は、気概がない僕の心に深く突き刺さった。
 今の僕は、空虚な日々を送っている原因が二人であると言っているようなものだ。
 大切な二人を自分の逃げ道として使っていたことに、忸怩たる思いが込み上げる。

 「それにな、ふみと啓太を繋いでいたのは夢だろ。啓太が夢に向かって走り続けていれば俺は何か変わると信じているし、そんな啓太をふみが見たら喜ぶと思うぞ。俺や住田先生も本気で応援してるんだ」

 先生になるという夢を、周りの大切な人たちにも勇気を出して打ち明けていた。
 みんなそれぞれ肯定的な言葉をくれ、応援してくれた時の憂色が晴れたような感情が息を吹き返す。
 この夢は、もう自分だけのものではないのだ。

 「としは本当に強いね。また僕が助けられちゃったよ。僕ももっと強くなれるように頑張る」

 「俺もそんなに強いわけじゃないぞ。気分が落ち込むこともあるし。でも、そんな時啓太の存在が……」

 「えっ、今何て言った!?」

 「何でもねぇよ!」

 そう言うと、彼は一目散に走り出した。
 続きの言葉が聞きたくて、僕も全力で後を追う。
 今までもこういうシーンが何度もあったが、過去一番の瞬発力を発揮できたと思う。
 としの力に少しでもなれているかもしれない、その事実が何よりも嬉しかった。
 
 「とし!僕諦めずに頑張るよ!」

 「おう!俺も負けないからな!」
 
 もう気持ちに迷いはなく、心は前を向いていた。
 それから僕たちは倒れるまで走り続け、河原に寝そべりながら星が瞬き始めた空をしばらく眺めた。