壁の中の彼氏

「どうしてそこにいるの?」
という、本人に関する質問には「忘れてしまった」としか答えてくれなかった。
 本当に忘れてしまったのか、それとも亜美には教えられないのかは、わからないままだ。
「どうして小説についてそんなに詳しいの?」
「小説家を目指してたんだ」
「それで詳しいんだね」
 自分の名前や過去をすべて忘れても、夢だけは忘れずにいる。
 それはなんとなく素敵なことだなと感じられた。
 男は小説のことに詳しいだけでなく、面白いネタも沢山持っているようだった。
 亜美がコンテストに出したニ作品ともが、もともと男に話して聞かせてもらったものだった。
「私が入賞したんじゃダメなんじゃない?」