「軽くラリーでもしようぜ」

私服姿のコウがテニスのラケットを持って私の目の前にいる。
こんな格好のコウを見るの久しぶりのせいか、ちょっと緊張しちゃう。

それに比べて私は部活の格好そのままで来ちゃった。
消臭剤はつけたけど汗の匂いとかしたらどうしよう。

「ほら、いくぞ」

コウがサーブを打つ。自陣のコートにボールがくるのを見計らって打ち返す。

何度かラリーを続けてもコウは打ちやすいところばかり狙ってくる。
コウのテクニックがあればもっといろんなところを狙えるはず。

これじゃあ練習試合の私の相手と同じくらいのレベルだ。
私のこと弱いと思ってわざとだったりして。

よし、狙えるところは狙ってスマッシュをかましてやる。

ラリーを続けながらベストなタイミングを見計らう。

一球、一球しっかりと見極めて。
今がチャンスだ!

ボールの軌道を見切りベストな立ち位置に移動する。
そして全力を込めて大きくラケットを振りかぶった。

よっしゃ、スマッシュ大成功!

……って、あれ?

私の打ったボールは大きくコートの上を飛び続けてラインの外までいってしまった。
あっちゃ、またスマッシュ失敗だ。

「今のはもう少し力を抑えるべきだったな」
ボールを拾ってきたコウがサラリと言った。

「真澄はどうしてこの前の試合に負けたかまだわからないだろ?」

うっ。痛いところをつかれた。

練習試合が終わってから一週間が経ったけど、正直、自分では負けた理由がよくわからない。

「コウには私が負けた理由がわかるの?」

「まあ、なんとなくだけどな」

私は自分のこともよくわからないのに、何でコウにはわかるんだろう。

そんな不貞腐れた表情が顔に出てたのか「意外と自分のことって自分じゃわからないこともあるからよ」ってコウが付け加えた。

「私が負けた理由って何?」

「それは真澄がテニスに勝とうと思ってないからだよ」

コウの答えを聞いて、思わずぽかんとしまった。
私がテニスに勝ちたくない? そんなことあるわけないじゃん。

「私はそんな生半可な気持ちでテニスの試合をやってないよ」

「真澄が手を抜いてるとかそういう意味じゃなくてさ」

コウが焦ったように手を振る。

「真澄はテニスが上手くなりたいって思ってるよね」

「うん、そうだよ」

私はテニスが上手くなりたい。強くなりたい。
だから習ったことのあるテニス部を選んだ。

「でもテニスで勝つことと、テニスが上手くなることは違うんだよ」

「そうなの?」

てっきり私は上手くなることと強くなることって同じだと思ってた。
テニスが上手い人がテニスに勝つ。そういうもんじゃないの?

「はっきり言ってテニスの上手さなら真澄はこの前の試合の相手に勝っていたよ。だけどテニスで勝ちたいって思ってたのは相手だった」

「私が気持ちで負けたってこと?」

「違う、テニスのプレーさ」

何で私の方がテニスが上手いのにテニスで勝ちたいって思いで負けるの?

「真澄はボレーやスマッシュのタイミングを狙ってたよな」

「だって私にはテクニックがあるしそういうの狙った方が勝てるチャンスがあるから」

「相手の選手はそういうことを狙わなかった。だから勝てた」

コウの言っていることがますますわからない。

「相手はボレーやスマッシュを打てるほどテクニックがなかった。だからこそラリーを必死に続けた。ミスをすることなくひたすらボールを打ち返した」

話を聞いていると何となく、コウの言っていることがわかってきた。

「だけど真澄はチャンスを狙った。けどそれにはリスクを伴う。だから真澄のミスが相手の得点につながった」

「でも私がミスをしてなかったら私のポイントになっていた」

「確かにそうだ。だけど真澄はミスをしてしまった」

コウの一言がずきりと刺さる。

「テニスの勝敗を分けるのはその差だ。ミスをしなきゃ真澄が勝てた。それはどんなプレーでも言えることだ。ミスするリスクが高いならそれは自分のチャンスじゃない」

そうか、だから私は負けたのか。

私は自分のテクニックを見せつけようとした。
そして自分の実力を見誤っていた。

それが私の敗因だ。

「テニスに勝つのに必要なのはすごいテクニックを披露することじゃない。ミスなく粘り相手に勝つことだ」

初心者だからこそひたすらラリーを続けることに全力を注いだ。
結果、私のミスを誘い試合に勝利をした。

それは一番最初に市川さんに負けた時も同じだ。
私は過信してテクニックを見せつけようとした。
結果、それが原因で負けてしまったんだ。

「真澄はテニスが上手い。一年の女子の中じゃ一番テクニックがある。それは俺も先輩たちもわかっている」

「そう、かな」

きっと目に見えて落ち込んでいるんだろう。コウが私に優しい言葉をかけてくれる。

「だからこそは俺は真澄に勝ってほしい。勝とうと思えば真澄は勝てる。それ俺は信じている」

私を見るコウの瞳はどこまでも眩しい。

「ありがとう」

チームメイトが困っているからコウは助けてくれただけかもしれない。
それでも私にとっては大きな助けだ。

「コウのおかげでまたテニスを頑張ろうって思えたよ」

「別に俺は大したことしてねーよ。ただ……」

「ただ?」

「真澄が困っていれば俺がいつでもすぐに助けに行くからな」

ドキっ。

真っ直ぐ私の目の見つめながらコウが呟いた。
心なしかコウの顔が少し赤くなったように見える。

「……ありがとう」

「よし、それじゃあ特訓の続きだ。言っとくけど俺は優しくなんかないからな」

コウと二人でテニスをする。
それだけで何だか気分が上がってくる。
テニスを選んだからコウとまた一緒になれたんだよね。

コウと一緒でよかった。

コウがサーブを打つ。このラリーをずっと続けていたい。
私は焦らずじっくり狙ってボールを打ち返した。