私の初試合は悔しい敗北で終わってしまった。

最後のゲームは一ポイントも取れずにあっさりと四ポイント取られてしまった。

まさかあんな初心者に負けてしまうなんて。
こんなはずじゃなかったのにな。

どのコートももうすぐ予定していた全試合が終わるはずだ。

私の学校のメンバーもまだ試合が残っているはず。
だけど、他のメンバーの試合を見る気にはなれない。

自分以外の人が勝っているところなんて見たくない。

一人、コートとは別の方向に向かって歩き出す。
広い園内にはテニスコート以外にも子どもたちが遊ぶための芝生や木々の中を抜ける道があった。
その中で空いているベンチを見つけて腰かける。

座った途端、体全身に疲労感がどっと押し寄せた。
しばらくは頭も体も動けそうにもない。

「隣、座っていいか?」

声の主に向かって顔を上げるといつの間にかそばにコウがいた。

「どうして、コウがここにいるの?」

「たまたまここらへんを散歩してただけだよ」

いくら大勢のテニス部員が集まっているといっても園内のはずれにいるのは私くらいだ。

「座っていいよ」

ありがとうと呟いてコウが隣に座った。

ひんやりと涼しい風が当たるとブルっと体が小刻みに震えた。

「初試合、お疲れさま。スマッシュが決まってたらサーブゲーム取れたかもしれなかったな」

「私の試合見てたんだ……」

コウが試合を見てたことに全然気がつかなった。

「真澄の試合なんだから見るに決まっているだろ」

コウのそんな一言がなぜか嬉しくて、そしてズキっと胸に刺さった。

「見事に負けちゃったけどね」

できるだけ気持ちが隠れるように笑って言う。

初心者に負けるっていう恥ずかしい試合をしてしまった。
私はテニスの経験者なのに。

経験があるから他の部活ではなくテニスを選んだのに。
それなのに負けてしまったら格好が付かないよ。

「練習試合なんだから勝ち負けなんて関係ないだろ」

私の心配をよそにコウがぼそっと呟いた。

コウがどんな表情をしているのか見るのが怖くて顔を上げられない。

「初めて試合をした。それだけで今日は大きな一日だと思うよ」

コウの言葉はすごく優しくて試合に負けた傷口に染み込む薬みたいなのに。
なぜか真っ直ぐに受け止めることができない。

「でもコウは試合に勝ったじゃん」

こんなことを言いたいわけじゃないのに。
思ってもいない言葉が口からどんどん溢れてしまう。

「試合に勝ったコウは負けた選手の気持ちなんてわからないよ」

「……それはそうかもしれないけど」

そう言ってコウは黙り込んでしまった。

遠くからラケットがボールを打ち返す音が聞こえてくる。

コウは私を励ましてくれようとしたのに。
こんなのただの八つ当たりだ。

「ごめんよ。俺、真澄の気持ちちゃんと考えてなかった」

そんな私にコウは謝ってくれた。

違う、コウは悪くない。
私が試合に負けた怒りをコウにぶつけただけなのに。

「でも、俺は真澄は次の試合に勝てると思うんだ」

「どうしてそう思うの?」

「今日の試合を見てたらわかるよ。真澄は他の一年よりテニスのテクニックがある。それを磨いていけばきっと勝てる」

足元ばかり見ていた顔を上げてみる。
隣でコウが穏やかな笑みを浮かべて私を見ていた。

「俺はずっと真澄のこと見てたんだから。真澄のことは一番わかるに決まってるだろ」

今までコウのことをこんなに真正面で見たことなかったかも。
コウはこんなに穏やかな表情で私のことを見ていたんだ。

「ありがとう、コウ」

「なんだよ、急にお礼なんか言われるとよそよそしいな」

コウが照れたように笑う。
でもそんな照れたコウを見るのも、なんか楽しいかも。

「試合中のコウ、すごくテニスが上手くてかっこよかった」

「真澄に言われると調子狂うな」

「だから今度、私にもテニスの勝ち方教えてね」

「うん、わかった」

真っ直ぐに見つめてくるコウと目が合う。

「俺がテニスを教えるんだから、次は負けるんじゃねーぞ」

「わかってるよ」

コウが小指を出してくる。
急に小学生の頃を思い出した。

「お互い、公式戦で勝とうな」

「うん、二人の約束だね」

コウの小指に私の小指を絡める。
昔からこうしてコウと約束をしてきた。
不思議とコウの小指から元気が伝わってくる。

心臓がドキドキする。
もしかしてコウにときめいている?

「約束破るなよ」

コウが小指を離す。
コウに私の鼓動が聞こえるんじゃないかとソワソワしちゃった。

「そろそろ試合も終わるだろ。コートに戻るか」

コウがベンチから立ち上がる。
もうすっかり足の疲れも吹き飛んでいた。
今の私なら立ち上がれる。

「ほら、行くぞ」

私もコウを追いかけるようにベンチから立ち上がった。