「おはよう、美優」


次の日、教室に入ると美優が同じクラスのバスケ部の女子と話していた。

「おはよう、真澄」
「竹口おっはー」

私のクラスはなぜかバスケ部の人が多いんだよね。

「私さ、昨日試合でスリーポイントシュート決めたんだ」

試合って言葉が美優の口から聞こえて一瞬、ドキッとした。

「美優はバスケがうますぎるんだよ」
「一年の中でレギュラー候補、一位だもんね」
「そんなのまだわからないよ」

美優が話の中心になって楽しそうに笑っている。
小学校の時はこんなに楽しそうに話す美優を見たことがなかった。

どちらかというと大人しめで、静かなタイプ。

目の前にいる美優が何だか別人みたい。
好きなバスケ部に入って、そこで輝けてるならそれは美優にとってよかったんだよね。

「小学校から習ってただけだから。みんなだってあと半年もすればスリーポイント決められるようになるよ」
「いやー、無理っしょあれは」
「めちゃ遠すぎだから」

美優はバスケの経験者だから部活の中でも人気者なんだね。
それにプレイで仲間から注目されるのってかっこいい。

私だってテニスの経験者なのに。未経験の新人に負けちゃんだもんな。
私ってテニス向いてないのかな?

「真澄はさ、テニス習ってたんだよね?」

美優には昔、テニスを習ったことを話していた。
でも、今その話題はちょっと避けたいかも。

「そうだけど、半年くらいしかやってないからね」

「えー、すごいじゃん」

やばい。思ったよりも周りの女子たちが食いついてくる。

「竹口さん、テニス部のエース確定じゃない?」

「テニス部も練習試合とかするの?」

たまたまだろうけど、美優がピンポイントの質問をしてくる。

「うーん、一年生はまだ基礎練ばっかかな」

昨日、初めて練習試合があったことは言えなかった。

このクラスには私以外はコウしかテニス部がいない。
だからちょっとくらい嘘をついてもバレないよね。

「ん? 何の話しているんだ?」

げ。何でこのタイミングでコウが女子同士の会話に混じってくるのよ。

「伊崎君……」

あれ? 周りの女子がコウを見ると少しおとなしくなったような。

「今ね、女子同士で部活の話をしてたの。コウは混じってこないでよ」

コウがいたらテニス部のことをポロポロ話させれるかもしれない。
それはちょっと困っちゃうもんね。

「なんだよ、真澄は冷たいな」

「ほら、男子は帰った帰った」

コウのことを押しのけるように女子会の輪の中から追い出す。

ふうー、危なかった。
経験者なのに、初心者に負けたなんてことが広まったら私の居場所がなくなっちゃう。

コウを追い出して振り返ると女の子たちの視線がさっきと違っていた。
なんていうか、ちょっと刺々しい感じというか。

「ねえ、竹口さんって伊崎君とどういう関係なの?」

バスケ部女子の中でリーダー格の花村(はなむら)さんが鋭い声で聞いてきた。

「どういう関係ってただの腐れ縁だけど……」

「真澄は伊崎君と小一から同じクラスなんだよね」

ナイスフォロー、美優。

「部活も合わせて同じのに入ったわけじゃないの?」

「違う違う、本当にたまたま。コウがテニス部って入るまで知らなかったもん」

「なーんだ、そうだったんだ」

花村さんの声のトーンが急に穏やかになる。
「ごめんね、勘違いしてた。てっきり、伊崎君と竹口さんは付き合っているのかと思ってた」

「ええ、そんなわけあるわけないじゃん。私がコウと付き合うなんてあり得ないよ」

ブンブンって大袈裟なくらい手を振って、いつもよりも大きめの声を出す。
小学生の頃からそういう勘違い、多いんだよね。
おかげで女子から睨まれることも多かったな。

「よかったー、それ聞いて安心した」

花村さんのホッとした様子に合わせるようにバスケ部の女子が頷いている。
やっぱりこの人たちもコウのことが気になっているんだ。

危ない、危ない。

「本当にないから。そこは安心してね」

念を押すように付け加える。
私とコウに限ってそんなことあるはずがない。

なぜかちらっとコウの方を向いてしまった。
そしたらコウと一瞬、目が合って、思わずすぐに逸らしてしまった。

何でコウが私の方を向いているのよ。

なぜだかコウの表情が悲しく見えた。