食堂を出た瞬間、廊下に広がる昼のざわめきが少し心地よく感じた。
 背後では、まだ小春と夏樹が向かい合って座っている。
 ――あの空気、絶対2人きりにしたほうがいいやつ。
 私は秋くんと顔を見合わせて、同時に小さく笑った。

「いいなぁ、私も彼氏ほしいなぁ」

 ぽつりとこぼした言葉は、思ったよりも本音だった。
 隣を歩く秋くんが、少し首を傾げる。

「花道さん、彼氏いないの?」

「いないよ! っていうか、いると思ってたの?」
 自分でも笑ってしまうくらい、ちょっと食い気味に言ってしまった。

 秋くんは、いつもの穏やかな笑みを浮かべて答える。
「うん。いると思ってた」

 なんでそんなに真っ直ぐに言えるんだろう。
 その無邪気さに、胸の奥が少しだけざわついた。

「私さ、よく言われるんだよね。軽いように見えるって」
 冗談っぽく言ったけど、本当は少しだけ気にしてた言葉。
 秋くんは一瞬だけ考えるように目を伏せ、それからゆっくりと口を開いた。

「花道さん、明るくて可愛いから。モテそうに見えるんだと思う」

 ――なに、それ。
 言葉が出ない。
 顔が一瞬で熱くなるのが自分でもわかった。

「そ、そういうこと、誰にでも言っちゃだめだよ」

 やっとの思いで返すと、秋くんはふっと笑う。
 でもその笑顔が、いつもより少しだけ柔らかい。

「別に誰にでもなんて言ってないよ。本当にそう思ったから」

 その一言で、心臓の音が変わった。
 食堂を出たときよりも、少しだけ息が浅くなる。
 ――やだ、私、まさかドキドキしてる?

 窓から差し込む午後の日差しが、廊下を金色に染めていた。
 隣を歩く秋くんの横顔が、やけにまぶしく見えて。
 私は小さく息を吸い込んだ。

「……ねぇ、秋くん」
「ん?」
「小春たちのこと、そっとしておこっか」
「うん。たぶん、今いい感じだから」

 そう言って笑う秋くんの横顔を、私は横目で見つめた。
 その笑顔が、どうしようもなく優しくて――。

 自分でも気づかないうちに、胸がまたドキンと鳴っていた。

 私がただ、秋くんと居たかった、なんて。
 この気持ちにはまだ、気づかないふりをする――。