「なつくん、またネクタイ曲がってるよ」
 ネクタイに伸ばされた指先がかすめた一瞬、息まで乱れそうになった。
(……近ぇ。なんで、こんなことで)
 胸のざわめきが止まらない。

「……触んな。いいから放っとけ」
 ぶっきらぼうに言ったのに、心臓の奥が大きく跳ねる。

「えー、せっかく直してあげようと思ったのに」

 こいつは、俺の気も知らずに笑っている。
 その光景に視線を逸らしたくなるのに、どうしても目が離せない。

 (……小春の寝顔を見たくて、急いで制服着て飛び出したのがバレちまったか?
 いや、こいつはそんなこと気づきもしないか)

 ――あの頃と同じだ。
 その笑顔を見てると、余計に落ち着かなくなる。

 中学二年のとき――俺はみんなの前で小春に優しくした。特別扱いした。
 次の日、女子たちは小春を仲間はずれにした。

 けど、小春は何も言わず、俺に向かってただ笑っていた。
 その笑顔が余計に胸に刺さって、俺は決めたんだ。
 ――二度と、あいつに余計な注目が集まらないようにする。
 女って怖い。だから俺は、人前では小春に優しくなんかしない。

 それが、俺のルール。

 ……なのに。

「いいから。ていうか、なつくんって呼ぶな」
「だって、なつくんはなつくんでしょ!」
 
 こいつは変わらず近づいてくる。
 内心じゃ逆だ。
(本当は、触るななんて思ってねぇよ。)

 頼むから。……離れてくれ。
 これ以上、俺の気持ちに気づかせんな

 早まる鼓動が伝わらないように、わざと大きく舌打ちをしてみせた――。