やがて夏樹が小春の髪を指で軽くすくいながら、低く囁く。
「……じゃあ、また明日な」
 その声が、耳の奥に優しく残る。

「うん。明日もちゃんと話してね」
「わかったよ」

 名残惜しそうに指先が離れる。
 離した瞬間、夜風が少し冷たく感じた。
 でも、心の奥は不思議とあたたかかった。

 夏樹が背を向けて歩き出す。
 数歩進んだあと、ふと振り返って。

「……おやすみ、小春」

 その言葉に、小春は胸の前で手をぎゅっと握りしめる。
 「おやすみ、なつくん」
 小さな声で返すと、夏樹はふっと笑って、手を軽く振った。

 街灯の下、その背中が見えなくなるまで、夏樹は小春の姿を見送っていた。

 ――今日のこの瞬間を、きっと一生忘れない。