家の角を曲がると、見慣れた並木道が見えた。
 街灯がぽつりぽつりと灯り始め、オレンジ色だった空が少しずつ群青に変わっていく。

 手をつないだまま歩く二人。
 夏樹の手のひらは少し大きくて、歩くたびに指先がこすれてくすぐったい。
 でも、そのぬくもりが名残惜しくて、離したくなかった。

 小春の家の前まで来ると、夏樹が足を止めた。
 ふと、見上げた空に一番星が光っている。
 沈黙のまま、少しの間だけ風の音がふたりの間を通り抜けた。

「……もう、帰んなきゃな」
 夏樹がぼそりと呟く。
 その声があまりに優しくて、胸がきゅっと痛む。

「うん……」
 小春も答えるけど、声が少し震えた。

 ほんの数時間前まで、怖くて、泣いて、胸が苦しかったのに。
 今はその全部が嘘みたいに、ただ“離れたくない”しかなかった。

 夏樹はポケットに手を突っ込んだまま、少し顔を逸らす。
 それでも、耳までほんのり赤いのが街灯に照らされて見えた。

「……ご飯、食べていく?」
「……今日は父さんと食べるって約束しちまったんだ」
 小春は言いかけて、唇を噛む。

 でも、思い切って言葉を継いだ。
「……なつくん、ご飯いっぱい食べてね。あったかいお風呂に入って、今日は早く寝て!」

 その言葉に、夏樹がわずかに目を細めた。
 そして、照れくさそうに頭をかきながら、小さく笑う。

「おまえ、ほんと……誰にでも優しすぎ」
「なつくんだけだよ」
「……は?」

 不意を突かれたように夏樹が固まり、小春はくすっと笑う。
 その笑顔に、彼の表情が一瞬で柔らかくなった。

 沈黙。
 でも、言葉がいらないほど気持ちは伝わっていた。