放課後の教室。
 斜め前の席で、夏樹が鞄を肩にかける。
 その背中を、何度も呼び止めようとして――やめた。

(なんで、避けるの? 私、何かした?)
 喉の奥まで出かかった言葉が、そこで止まる。
 声にした瞬間、なにかが壊れてしまいそうで。

 “嫌われた”って言葉が、怖かった。
 それを本人の口から聞くのが、いちばん怖かった。

 窓の外には、ゆっくりと沈む夕陽。
 教室の隅が赤く染まって、埃が光の中で舞っている。
 時間だけが、静かに進んでいった。


 帰り道、ひとりで歩く。
 アスファルトを踏む音がやけに響いて、街のざわめきの中に溶けていく。
 いつも隣にいた夏樹の足音が聞こえないだけで、世界が少し静かになった気がした。

 風が冷たくて、胸の奥も同じくらい冷たかった。

 ――“なつくんなら、ちゃんと理由があるはず”

 信じたい。
 たとえ今、どんなに遠くにいても。
 私のことを嫌いになったわけじゃないって、そう思いたかった。


――――――――――――

 夜、ベッドの上でスマホを見つめる。
 画面の明かりが、まぶしくて、少し切ない。
(おやすみ)
 その四文字を打っては消して、また打って。

 指先が震えて、最後には“送信”のボタンを押せなかった。
 画面を閉じた瞬間、部屋が静まり返る。
 遠くで時計の針の音だけが、カチ、カチ、と鳴っていた。

(なつくん……)
 胸の奥でつぶやいても、返事はない。
 ただ、窓の外の星が少しだけ滲んで見えた。