小春はまだ制服の背中を握ったまま、小さく息を整えていた。

「……なつくん、ありが――」

 言いかけた瞬間、夏樹がちらりと振り返り、低く遮る。

「勘違いすんな。俺がイラついただけだ」

 夏樹は鞄を肩にかけ、何事もなかったように歩き出した。
 小春は少し遅れて、ぎゅっと握った指先を緩められずにいる。

「……早く行くぞ」

 ぶっきらぼうなその声に、小春は胸の奥でざわつく。

(本当は優しいくせに……)

 言葉にできず、つい小さく口を尖らせてしまう。
 でも夏樹は一瞥もくれず、黙って前を歩いていく。

 小春は恥ずかしさと胸の高鳴りで、どうしても言い返せない。
 頬をほんのり赤くしながら、ただ「はい……」と小さく返事をするしかなかった。

 冷たい声と無表情の背中の向こうに、少しだけ優しさが滲んでいることを、小春だけが感じていた。