「――はぁ、なんだか疲れたね」
 
教室にひとり座っていると、背後から声がした。

「もしかして、振られちゃった?」

 振り返ると、凛が少しにやりと笑って立っている。

「痛いところつくね」
 小さく苦笑いを返す。
 胸の奥がぎゅっと痛む。
 チャイムが鳴る前、あの瞬間の光景――小春と夏樹の影が鮮明に思い出される。

 凛がそっと席に座った。
「まぁ、大丈夫でしょ。小春はあなたのこと、嫌いになったわけじゃないし…あの子そんなことで気まずくなるタイプじゃないでしょ」

 ……その言葉に、少し救われる気がした。
 だけど、素直に頷くのはまだ難しい。
 胸の奥が、ずっとざわざわしてた。

 悔しい、というより、なんだか胸が痛い。

「幸せでいてくれれば、それでいいんだ。でも、笑うのが……僕の隣だったら――って、考えちゃったんだよなぁ」

 胸の奥が、切なくてぎゅっと締めつけられる。
 こうなることなんてわかっていたはずなのに、思っていたよりも苦しい。

 凛はくすっと笑って、肩を軽く叩いた。
「ふふ、まあ、その気持ちは無駄じゃないんじゃない?隣にいられなくても、小春を思う気持ちはちゃんと届いてると思うよ」

 そう優しく声を掛けてくれて、気持ちが和む。
 でも、心の奥の痛みが完全に消えるわけではない。

 窓の外に目を向けると、二人の影が廊下を歩いているのが見えた。

(――やっぱり、僕の隣じゃないんだ)

 胸にぽっかり穴が空いたような気持ちになる。
 でも、同時に、あの二人が楽しそうにしている姿を見て、少し安心もしていた。
 小春が笑っていてよかった。

「ねぇ、そんなに泣きそうな顔してるから、心配になるよ」

 秋は苦笑いで肩をすくめる。
「……別に、泣いてない」
「でも、目が少し赤いし、肩も強張ってる」
 凛の目が真剣で、でもどこか柔らかい。

 秋は少し顔を背ける。
 ――凛に見透かされるのが、少し恥ずかしい。
 でも、不思議と心は落ち着いていた。

 小春が幸せでいてくれるなら、それでいい――
 その気持ちは、ずっと変わらない。

「……小春が幸せそうでよかったよ」
 秋がつぶやくと、凛は微笑んだ。
「そうだね。でも、あんたも、自分のこと忘れないでね」
「……?」
「小春のことを思うのはいいけど、あんただって幸せになれるんだから」

 秋は少し戸惑いながらも、凛の言葉のあたたかさを胸に感じる。
 肩越しの視線が、そっと背中を押してくれるようで、嬉しく思った。