帰り道。住宅街の細い道を二人で歩いていると、角の方から甲高い鳴き声が響いた。

「わんっ!わんわんっ!」

 振り向いた瞬間、リードを引っ張りながら走ってくる中型犬の姿が目に飛び込んでくる。
 小春の足がすくんだ。

「ひっ……!」

 体が固まって動けない。幼い頃に噛まれた記憶が一気によみがえって、手が震え出す。

 そのとき――すっと夏樹の腕が小春の前に伸びた。
 無言で小春を自分の背後にかばい、犬と自分との間に立つ。

「……チッ。リードくらいちゃんと持てよ」

 低く吐き捨てる声に、犬の飼い主は慌てて謝りながらリードを引き直した。犬は遠ざかっていき、やがて鳴き声も小さくなる。

 小春は背中越しに夏樹の制服をぎゅっと握っていた。

「……なつくん」
「……怖ぇなら、最初から言っとけ」
「ご、ごめん……」

 謝る小春に、夏樹は肩越しにちらりと視線を投げる。
 その瞳は相変わらず冷たそうに見えるのに――ほんの少しだけ、優しさが滲んでいた。

「……犬くらい、俺が追っ払ってやる」

 小春の胸が、どくんと大きく跳ねた。